メディアグランプリ

生を駆け抜けろ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:イリーナ(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
その知らせを受けたのが、朝だったのか昼だったのかは覚えていない。
シベリアの冬は、朝が遅くて夜が早い。
少なくとも、その日も変わらず厳しい寒さだったはずだ。
 
たぶん、私の頭は、効きすぎる暖房のせいでやられていた。
ネットでニュースの詳細を追っていたが、文字が目の前を泳いで、ちっとも状況が飲み込めなかった。そんな時に電話のベルが耳をつんざき、相手の声が、ずいぶん遠くから反響しているように聞こえた。
 
「モンゴルで、日本語教師の佐藤なつみさん(仮名)が亡くなりましたが……。
 以前、一緒に働いてらっしゃいましたよね?」
 
新聞記者の彼にとっては、いつもの仕事、いつもの調子の取材だったろうが、その淡々とした話しぶりが、ひどく冷たく感じられて、心に突き刺さった。
 
彼女は、日本語教師の先輩であり、同じ北海道出身の友人であり、一緒に海を渡って1か月間寝食を共にしながら、ロシアの子どもたちに日本語を教えた仲間だった。
その後、彼女は住み慣れたモンゴルに再び渡り、私はシベリアの大学に派遣されて、それぞれの夢の道をさらに先へと進めていた。
40歳を目前に、一人で海外に渡る不安や葛藤が、きっと彼女にもあったに違いない。
これからどうしようと、思い悩むこともあっただろう。
それでも、自分の気持ちにいつも正直で、時には怒りや悲しみをぶちまけながらも、好きなことに全力で取り組み、立ち止まらなかった彼女。
彼女が亡くなった年齢を超えた今、よりいっそう、その生き方がまぶしく見える。
 
似たような人物を、私はもう一人知っている。
 
中学校教員だった父は、しかしながら、教師以外の肩書や活動を多く持っていた。
中には、名ばかりの幽霊会員みたいなものもあったが、興味が沸くと、手を出さずにはいられない性分だったのだろう。
地元にキャンプ協会を設立して、夏休みは大勢の子どもたちを引き連れ、高校受験前の生徒たちまで大自然へと誘い出した。
冬になると、保育園や児童養護施設でサンタクロースになった。
昆虫同好会の会員で、毎日のように採集に出かけ、珍しい種類が手に入ると、わざわざテレビ局に取材させた。
どのような縁があったのかは謎だが、アグネス・チャンと笑顔で写っている一枚は、彼の活動範囲の広さを物語っている。
とにかく、日曜日も夏休みも冬休みも、父が家にいた記憶がない。
そんな父は、大好きなお酒を飲みながらそのまま意識を失い、46歳でこの世を去った。
 
晩年は左手が不自由になり、早く亡くなった父は、かわいそうな人だろうか?
わずかなお金のために、異国で命を奪われた友人は、不運な人だろうか?
 
少なくとも、世間からは、そう思われているかもしれない。
しかし、常に動き続けていた父は、他人の三倍くらいの速さで生きていた。そう考えると、むしろ、長命だったのかもしれない。まだまだやりたいことがあっただろうけど、「お父さん、ちょっと欲張りすぎだよ」と、注意したいくらいだ。
モンゴル語に精通し、ロシア語も習得し、いつも多くの仲間に囲まれていた友人も、1分1秒が貴重な、濃密な日々を過ごしていたに違いない。彼女が、最期に何を思ったかはわからない。が、なぜか、「しまった! やられちゃったよ!!」と、舌を出して苦笑する彼女が思い浮かぶ。大好きな地に赴いて、愛する仕事に情熱を注いだことを、決して後悔はしていないはずだ。
 
ありあまる資産があったわけではない。
その道で名を知られていたとか、特別な肩書を持っていたわけではない。
病に悩まされていたり、国内外を転々としたりして、保障され安定した将来とは無縁だった。
そして、生きた時間は、確かに短かった。
 
それでも、父も友人も、充実した人生を歩んだ人たちだと思う。
「充実した人生」というとき、それは決して、成功体験だけを意味しているわけではないはずだ。楽しいことも、うれしいことも、苦しいことも、悲しいことも、頭にきたことも、すべてが私たちの生(せい)をいろどるものだ。そして、その感情の豊かさが、私たちの人生をより味わい深いものにしていく。生きていく中で直面する様々な出来事を、どのくらい感じ尽くすことができるか。その感情にしたがって、どこまで自分の道を突き進んでいけるか。
生きた時間が短くとも、父や友人の生き方がキラキラ輝いて見えるのは、彼らが、色鮮やかな人生を、深く味わっていたからだと思う。
 
二人の死は、私に深い悲しみをもたらし、いまだに心が締め付けられる。
この記事を書いている間も、涙があふれてくる。
どうして、今もこんなに泣けるんだろう、と思う。
でも、二人に与えられたこの悲しみも、私の人生の一部であり、いろどりであり、味わいなのだ。だから、その悲しみを、これからも十分に感じていこう。
 
もうすぐ、父が亡くなった歳になろうとしている。
私は、しっかり自分の気持ちに向き合えているだろうか。
自分の感情に素直になって、好きなことを、好きな時に、思う存分できているだろうか。
日々出会うことを、ちゃんと味わって生きているだろうか。
 
限られた生涯を駆け抜けた二人を、今、追い越していく。

 
 
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2018-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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