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写真1枚で人生は変わる。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:原三由紀(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「写真1枚で人生変わることもあるからね」
 
これは数年前、プロのカメラマンさんに自分の写真を撮ってもらったときに言われた言葉。「そんなこともあるんだ」と思いながら聞いていた私は今、このときの撮影が人生を変えてくれたと信じている。
 
思えば私は小さな頃から写真を撮られるのが苦手だった。
小さい目が、笑顔になるとさらに糸のように細くなるのもイヤだったし、写真にうつるとなおさら太って見えるのもイヤだった。
写真を見るたびに自分の不美人さを実感させられるようで、がっかりしたものだし、証明写真や卒業アルバムの写真など人に撮ってもらう写真は、緊張しているせいかいつもに増してヘンテコで、なおさら写真への苦手意識が高まったものだ。
 
そんな私が、安くはないお金を払ってプロに撮影してもらうことになったのは、仕事がきっかけだった。数年前、司法書士をしていた私は入社して1年ほど。それまで担当していた大きなプロジェクトが終わったところで、社長から「原さん、セミナー講師やってよ!」という鶴の一声。
それまで人前で話した経験がほとんどなかった私は、突如司法書士としてセミナーに数多く登壇することになった。
 
手広くやっている事務所だったので、セミナーも講師の写真を載せたチラシを数千枚印刷して配布することに。そのときハッとしたのが、自分のいい写真が一枚もなかったこと。
手元にある写真と言えば、会社の研修時に全スタッフ200名、ベルトコンベアー式に一人ずつ撮られた写真だった。これが、私の人生最悪の写真写りとでもいうべき、おそろしくイモ娘に写った写真だったのだ。
 
この写真が数千枚のチラシに印刷されてばら撒かれると思ったら愕然とした。正真正銘のガクブルものだった。
「絶対にイヤ!!!」
そんなの生き恥だ……。本気で真剣に思った。
 
とはいえ、一介のスタッフに過ぎない私が、
「手持ちの写真はかわいくなくてイヤだから、写真を撮らせてください。できればヘアメイクもつけてほしいな」
なーんて会社に言いだす勇気はとてもなかった。
 
写真写りが悪いなんて言いだすのは、自意識過剰な痛い女みたいだろうか。
ただ自分のかわいい写真が欲しいだけのナルシストと思われないだろうか。
そんな気持ちもあって、言いだすことができなかった。
 
それでも、あの写真が世に出るくらいなら自腹でもいい、と思った私はヘアメイクをつけて、外に出しても恥ずかしくない写真を撮ろう。と心に決めた。
 
その後はネットで検索してじっくり比較検討。
ヘアメイクと撮影で、整形レベルにかわいく撮ってくれるスタジオを探しだし(笑)、そのときの私には高額な撮影料金ではあったけれど、撮影を決めた。
 
休日ひとりで緊張しながらスタジオ向かったのをよく覚えている。
もしかしたらすごく素敵な写真を撮ってくれるかもしれない、という期待。
ポーズや笑顔がうまくつくれず、いい写真が撮れず無駄足に終わる不安。
その両方でドキドキしていたのを覚えている。
 
撮影では私のことだけを何百枚と撮ってくれるという初めての経験。「いいね」「かわいいね」の言葉をたくさん浴びながら、何度もシャッターを切られるうちに、恥ずかしさやぎこちなさも溶けて、とにかく無心に言われるままに笑顔でポーズを取り続けた。
 
仕上がった写真は、その場で見せてもらえた。自分でも驚愕の出来だった。
むしろ、きれいに撮られすぎていたほどだったけど、生まれて初めてみる自分だったうえに、これなら誰に見せても恥ずかしくないと思えた。
 
このときの撮影後、カメラマンさんに言われたのが冒頭の言葉だった。
写真1枚で人生は変わる。
だから自分はこの仕事をしているんだと。
 
そのときの私にはピンとこなかったけれど、なんだかとてもすてきな言葉に出会ったとぼんやり思った。
 
撮ってもらった写真は、私が思った以上に好評だった。
自意識過剰、ナルシスト、なんて揶揄される言葉は私の耳に届くことはなかった。冗談で「実物より良すぎる」と言われることはあっても(笑)、社内外で褒めてもらうことが圧倒的に多かった。勇気をだして撮りにいってよかった、と心から思った。
 
さて。
じゃあ自分の写真を撮ること、私にとってどんな意味があったのだろうか?
 
かわいく撮ってもらって嬉しい、自信がついた、よかったね。というだけの話ではない。
私は、このとき自分の写真を撮ってもらったことをきっかけに、自分の人生と仕事の距離が近づいたんだと思っている。
 
それまでは、プライベートと仕事は切り分けるべきものだと思っていた。
仕事のために自分のプライベートの時間やお金を捧げるという発想をそもそも持ち合わせていなかった。
 
このときはのっぴきならない事情で仕事のために自腹を切って撮影。
ある意味、これが自分個人のもの、プライベートを仕事に差し出す初めての経験になったのだと思う。
 
そのことが、たくさんの人に喜ばれた。
人に喜んでもらえて、それが自分の喜びになった。
めぐり巡って自分の仕事がより評価された。
たくさんのチャンスをもらえるようになった。
仕事がうまくいったら人生はより楽しいものになった。
 
写真を自腹で撮る。
いってしまえば、たったそれだけの行為。
でも、自分個人が持っているものを仕事のために差し出したとたん、人生が動き出したのを感じた。
「あ、人生ってそうやってできてるんだ」
なんとなく悟りに近く、私には腑に落ちちゃったのだ。
 
それから、私の人生と運命はググッと動き出した。
仕事で輝くことが、自分自身の人生をよくすることにつながると心の底から思えたからこそ、自分に制限をかけずになんでもチャレンジするようになった。
学びたいことが増えて、会いたい人が増えて、自分の可能性を信じるようになった。
 
今の私の働き方は、ちょっと特殊だ。
年間出張約250日。
全国を飛び回って、ほぼ休日なしで働いている。
完全なる公私混同。仕事とプライベート、それは見事にまざりあって、私の人生に存在している。仕事で得られる喜びは、気づけば私の人生の喜びそのものになっていた。
 
私は今でも1年半に1度は宣材写真を撮るようにしている。
自分の魅せ方を意識する“パーソナルブランディング”としての意味合いもある。定点観測的に今の自分を知り、成長を確認するための機会にもなっている。
 
でも本当のところ、私はこのとき気付いた人生の神髄を忘れないために自分の写真を撮り続けているのかもしれない。
 
職業柄、会社から撮影は「経費でいいよ」と言われることも多い。
でも自分の写真を撮るときは必ず自腹で、と決めている。
 
写真1枚でたやすく人生は変わる。
 
私の場合は、写真そのものでチャンスをつかんだわけではない。
でも“写真を撮る”という行為そのものが私にたくさんの気づきを与え、そして変化とチャンスのきっかけをくれた。
 
人生を変えるほどの写真の力。
今もこれからも、何度でも私を変えてくれると信じている。

 
 
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2018-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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