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メディアグランプリ

捨てる勇気


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:イリーナ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
例年、お盆の時期は北海道の実家に帰省している。
記録的猛暑でも20度に満たない道東の夏は、それだけで、いつもならこの上ない癒しになる。
けれど、今年は、航空券を予約したときから、ひどく憂鬱でたまらなかった。
 
高校卒業までお世話になり、上京しても、海外に渡っても、いつも温かく私を迎えてくれた実家の取り壊しが決まって、切なさや物悲しさがこみ上げてきた……わけではない。
 
そこには、私にとって最大の難関が待ち受けていた。
一時的に出戻るたびに、さりげなく置き去りにしてきた、ダンボールの山たちの処分だ。
ただでさえ、「物持ちのいい」私にとって、このン十年分の荷物の整理は想像しただけで恐ろしい。帰省するたびに、目を背けてきた問題に、今度ばかりは向き合わなければいけない。
 
古き良き時代の遺産となり、二度と開くことはない(おそらく当時もあまり開いていなかった)、学生時代の参考書。
履歴書に記載されることはない、読書感想文の黄ばんだ表彰状。
修学旅行や学校祭の、あまり思い出したくない瞬間をとらえた写真。
かわいいとは言い難い、謎の生き物のぬいぐるみ。
ファスナーを上げると、今では身動き不能になってしまうジーンズ……。
 
ためらうことなく手放せるモノは、大きな問題ではない。
体力は消耗するが、ゴミ袋に投入するか、中古品買取業者あてに出荷するだけだ。もしくは、古紙回収業者に引き渡されて、ボックスティッシュへと姿を変えてくれる。
 
難題は、この期に及んでも捨てられないモノたちだ。
 
ン十年、押し入れの中で眠っていたモノたちだ。
今まで、忘れていたようなモノたちだ。
そもそも、無くても困らないモノたちだ。
それなのに、久しぶりに手にした瞬間、「惜しい」という気持ちが湧いてくる。
 
一目ぼれで購入したけど、ほとんど使うことがなかったショルダーバッグ。
海外の友人に披露したくてそろえた、値札がついたままの浴衣一式。
意気込んで受講したけど、課題を1度も提出せずに終わった、TOEICの通信講座。
タイトルにひかれて手にしたものの、目次を読んで終わった自己啓発本。
おしゃれなデザインの文房具は、使うのがもったいなくて、箱に入ったままだ。
 
そう、新品同様のモノたちの場合、この“もったいない”が私を迷わせる。
なかなかの金額だった。まだ、使える。せっかく買ったのに、手放すのはもったいない。
手放せば、ひどく無駄使いをしてしまったという後悔が押し寄せてくる。
 
でも、モノの価値は、どのくらい使われたかだけなのだろうか。
 
奮発して買ったブランド物のバックは、使用頻度こそ高くはないが、そこに存在するだけで、気分が高揚する。これを手にして、おしゃれをして、久しぶりに会う友人と美味しいものを食べたり、ショッピングを楽しむ。そんな想像をするだけで、ワクワクする。インパクトのあるデザインの、それを持てる自分が、ちょっと誇らしくも思う。
読んでいなくたって、本が並んでいれば、なんとなく「できる自分」な気がしてくる。それで心が満たされて、明日への活力になるなら素晴らしい。
 
そう、モノには所有する喜びがある。
たとえ、押し入れの隅に追いやられていたとしても、当時の自分にとってはそれが必要で、それを手にすることで、少なからず喜びや感動、癒しが得られたはずだ。それならば、私のもとに来てくれたことに感謝して、そのモノたちに別れを告げよう。「今までありがとう」と。
 
一方、今はホコリまみれでも、当時はすごく愛用していて、思い出がありすぎて捨てられないモノもある。
 
もう動かなくなった、意味不明な言語で歌うネズミのおもちゃ。
開かなくなってしまった、歴代ロシア大統領のマトリョーシカ人形。
小学生の頃から集め続けた、かわいい便せんや封筒、シールたち。
鍵を失くしてしまって、中が読めない日記帳。
 
捨てられずに溜めこまれた思い出の品々は、まるで昔の恋人のようだ。
時が経ち、ほとんど思い出すこともないのに、好きになって夢中になったことを、一緒に過ごした日々を完全には忘れられずに、どこかに断片を残しておきたくなる。当時の私の想いを、何かに記録しておきたくなる。短い期間であったとしても、悲しい結末だったとしても、その時の証拠がすべて消えてしまうのは、なんだか惜しいのだ。
 
ちなみに、昔のカレたちの写真や手紙、プレゼントにもらった置物や自作の絵なんかも次々と発掘された。当時は当たり前のように、というか、いささか気おされ気味でそれらを受け取っていたが、今、それらを読み返すと、本当に尽くしてくれてたんだと気づく。
 
ちゃんと、お礼が言えなくてごめんね。
愛してくれて、ありがとう。
 
そんなつぶやきが、自然と口をついた。
 
 
モノはなくなっても、
想いは心にある。
知識は頭にある。
思い出は、記憶の中で永遠に輝き続ける。
 
押し入れに潜む“昔の男たち”に、感謝をこめて、今こそ別れを告げよう。
そして、亡き父と最後の日々を過ごしたこの家にも、「ありがとう」と「さようなら」を。

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2018-08-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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