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死んだって母親


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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戸田奏(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
 
「ママもう知らない! バイバイ!」
 
 
部屋中に散らかるオモチャ。
山積みの、畳まれていない洗濯物。
シンクにたまった汚れたお皿。
床に投げ捨てられた夕飯。
 
 
もう我慢の限界だった。
 
 
投げつけられた子供用のフォークをテーブルに叩きつけ、
私は、気がついたら娘に向かって怒鳴っていた。
 
いきなり怒鳴られた娘は、一瞬ポカンとしたが、
すぐにぐしゃっと顔をゆがませ、大声で泣き始めた。
 
しまった……! と、とっさに思うも、
もうイライラを止めることができなかった。
 
私は娘に無言で背を向け、トイレへ向かい、中に入ってカギを閉めた。
これ以上、娘の顔を見たくなかった。
 
 
「ぎゃあああ! ママー!」
 
 
まろびながら追ってきて、トイレのドアをバンバン叩き、泣き叫ぶ娘の声を聞きながら、
私も声を上げて泣いた。
 
 
「もう無理! もう勘弁して……!!」
 
 
まだ、ほんの1歳半の娘。
言葉だってまだ大して喋れない、この間まで赤ちゃんだったような、こんな小さい子に、
私は、大声で怒鳴りつけ、無視して、トイレに籠っている。
 
 
私は、人並みに社会人経験もあるし、どちらかといえば、自分は我慢強い人間だと思っていた。
でも、子供が生まれて初めて知った。
自分が、こんなにも我慢できない人間だったとは。
 
 
母は強し、というけれど、
母親になったのに、私は、全然強くなれない。
 
 
 
 
 
1年半前、娘が生まれた日に、
ひそかに決心したことがある。
 
 
私は、緊急帝王切開で娘を出産した。
 
無事に生まれてくるまで、
神様、私はどうなってもいいから、どうか娘だけは助けてください、と祈り続けた。
手術中、とにかく怖くて怖くて、喋っていないのにうまく口が閉じず、歯がガチガチと鳴っていた。
 
 
「ふにゃあああ……」
 
 
そんな中、無事に生まれてきてくれた娘。
あの時の嬉しさは、一生忘れない。
思っていたよりも、ずっとか細い産声を聞きながら、
 
生まれてきてくれて、ありがとう。
母親にしてくれて、ありがとう。
これから先、どんなことがあっても、ママはあなたを守るからね……。
 
確かに、強く強く、そう思ったはずだった。
 
 
 
 
 
それなのに、私は今、娘に何をしているのだろう。
 
トイレの中で、自己嫌悪に押しつぶされそうになった。
娘を守るどころか、怒鳴りつけて泣かせているではないか。
あの時の決意はどこに行ってしまったのか。
 
仕方ないと分かっていても、どうしても感情を抑えることができない。
部屋を汚されたら、イライラする。
一生懸命、バランスを考えて作ったごはんを床に投げ捨てられたら、やる気がなくなる。
夜泣きで起こされたら、眠くて辛い。
 
母親になったのに、
私は、全然、強くなれない。
 
 
気づいたら、私は
実家の母親に電話をかけていた。
 
電話に出た母親は、後ろに響きわたる孫の泣き声に驚きながらも、
私の話をじっと聞いてくれた。
 
そして、こう言った。
 
 
「もう、家のことは何もせずに、○○ちゃんに謝って、一緒に寝なさい。
 1日くらい家事しなくたって、なーんにも支障ないから。
  
 あんた、仕事して家事して育児して、いつ休むつもりなん?
 やりすぎや、やりすぎ。
 
 この先ずっと、死んだって○○ちゃんの母親やねんで、あんた。
 まだ、母親やって1年やろ?
 だから、今焦ることなんてなーんにもないねんで」
 
 
 
私は、電話を切って、すぐにトイレのドアを開けた。
 
この間、ずっと泣き叫びっぱなしだった娘の顔は、
汗と涙と鼻水で、すごいことになっていた。
桃にそっくりのほっぺたに、何本も涙の跡が残っていて、
目は真っ赤、汗で髪の毛がびっしょりだった。
 
私がまた怒鳴るんじゃないかと警戒しているのか、
近づいていいのかどうか、迷っているような顔をした。
 
 
私は娘に近づき、ぎゅっと抱き締めて、
 
「ごめんね……」
 
とだけ、言った。
 
 
 
そうだった。
娘と同じ、私もまだ、ママ1歳半だった。
 
確かに、子供ができれば母親になる。
でも、最初から「強い母親」になれるわけではない。
子供と一緒に、努力もしながら、成長していかなければならないものなのだ。
 
手術台の上の私は、まだこのことを知らなかった。
生んだ瞬間から、誰でも「強い母親」になれると思っていた。
 
 
母の言葉は、びっくりするほど、私の気持ちを落ち着かせた。
 
たくさん時間をかけて、ゆっくり「強い母親」になればよい。
だって、私はこれから先、ずっと、たとえ死んだって娘の母親なのだ。
現に今私も、自分に子供ができても、まだ母に頼っているのだから。
 
 
 
抱き締められた娘は、しゃくりあげながらも、すぐに泣き止み、
私の顔をじっと見つめ、
突然「アンパンマン……」と言った。
 
 
急すぎて、思わず吹き出してしまった。
娘も、私につられて少し笑った。
 
 
ベッドに寝ころび、
泣きすぎて、あっという間に寝付いた娘の髪の毛を撫でながら、
心の中で、娘に言った。
 
 
「母親にしてくれて、ありがとう」
 
 
大丈夫。時間は死ぬまで、いや、死んだって、ある。
ゆっくりゆっくり、進んでいこう。
 
***

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2018-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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