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父の言葉は、「コップ半分の水」だった。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小川泰央(ライティング・ゼミ平日コース)
 

「週末は雨らしいな」
 

私が小学生の頃だった。
週末の遠足を楽しみにしていた私が、自宅で興奮気味に「今度の週末は遠足なんだ!」と言った時の父から返ってきた言葉だ。
 

中学時代の体育祭の前は、「組体操は危ないらしいな」
高校時代、ディズニーランドに行こうとしたら、「混むらしいな」
大学時代、車で温泉に行こうとしたら、「渋滞するらしいな」
 

私が何か楽しみにしていることを話した時、いつも父から返ってくるのは、こちらの出鼻をくじくような言葉のオンパレードだった。
 

それは私が社会人になっても変わらなかった。
つい数か月前も、私が実家に帰った際、「明日は出張だ」と話すと、父から「明日は台風らしいな」という言葉が返ってきた。
 

「だから何なんだよ!」
 
 

それは、小さい頃からずっと思っていたことだった。こちらの努力ではどうにもならないことを言ったところで一体どうしろと言うのだ。たまには背中を押してくれるような言葉はないのか。でも、そんなことを父には言えなかった。言ってしまうと何かが終わってしまうような気がして、心の奥底にずっと封じ込めてきた。それなのに、その時ついに言ってしまったのだ。
 

「だから何なんだよ!」と。
 

なぜか?
 

それは、こんな会話ばかりしていると、父のネガティブ思考が私のひとり息子にも連鎖してしまうのではという危機感を持つようになったからだった。
 

その日を境に父は無口になった。もともと自分から話すタイプではなかったが、出鼻をくじく言葉がなくなった代わりに、父の言葉もなくなった。
 

それから数か月後、父のガンが発覚した。
父と母と私の3人で病院に父の検査結果を聞きに行った際、主治医からガンを告げられた。
ドラマのイメージでは、ガンの告知は、身内だけに行われ、本人には気づかれないようにするものだと思っていた。ところが、本人のいる前でストレートにするではないか。
 

そこにいた母も私も驚いて言葉を失った。そして次の瞬間、私は、ネガティブ思考の父が、ショックを受けていないか心配になって、思わず父の横顔を見た。
すると、父は表情を変えずに、淡々と、「では、手術はいつ頃になりますか?」と聞いている。しかも、落ち込む様子もなく、冷静にメモをとっている。既に次のことを考えていたのだ。父は決してネガティブ思考ではなかった。
 

手術当日を迎えた。ガンは初期段階なので、部分切除の手術で所要時間は6時間程度とのことだった。
朝8時半に、ベッドに横たわって手術室に入っていく父を、母と私で見送った。
「午後3時くらいには終わるかな」
母は不安げにつぶやいた。
 

待合室で待っていると、ふと、父との思い出が走馬灯のようによみがえってきた。
「小学校の時には、毎月給料日にお土産だと言って私に本を買ってきてくれたな」
「夏休みには、弟2人も一緒に家族みんなを旅行に連れて行ってくれたな」
「私の息子の誕生日には、毎年プレゼントをくれたな」
 

そうだった。父は、いつも私たちのことを気遣ってくれていたのだ。
それなのに、私は父の体の異変に気づいてあげられなかった。
とにかく、手術が無事に終わることを祈るだけだった。
 

手術は予定よりはるかに長引いた。
夜7時頃になってようやく、主治医が手術が無事終わったことを告げに待合室にいる我々のところにやってきた。
母はホッとして待合室のソファーに座りこんだ。私は一刻も早く父に声をかけたいという気持ちになっていた。
 

それから1時間後、ようやく面会許可が下りた。
そこはまだ、集中治療室だった。
父の顔には酸素マスクが、体や手足にはいろいろな器具がつけられてベッドに横たわっていた。
 

「耳は聞こえるので、声をかけてあげてください」
看護師さんの言葉に促され、私はベッドの脇に行って、酸素マスクをつけている父の顔を上から覗き込んだ。
 

「お疲れさまでした」と小さく声をかけた。
 

すると、父は目を開け、うつろな目でこちらを見ながら、口元を動かした。酸素マスクがあるので「もごもご」としか聞こえない。父は一生懸命何かを話している。でも聞こえない。父の言葉を聞きたかった。私は、ただただうなずいた。
と同時に、数か月前のことを思い出し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
私の心ない言葉で、父の言葉を私の方からシャットアウトしてしまったのだ。こんな状況になって初めて、父と会話できていたあの頃のありがたみが身にしみた。
 

考えてみれば、私があれだけ嫌っていた、「雨」や「危ない」などの父の言葉は、いずれも、その時の新聞やテレビで報じられていた事実を言っていただけだった。
 

つまり、父の言葉は、「コップに半分水がある」という事実を言っているに過ぎなかった。
それを「コップに半分しか水がない」とネガティブにとらえていたのは、他でもない、この私だった。「雨」や「危ない」の言葉には「だから気をつけてね」という私を気遣う気持ちが込められているととらえることもできたはずだ。少なくとも、待合室での父との思い出がそう語っていた。にもかかわらず、ネガティブの連鎖を起こす原因が父にあるかのように責めていたのだ。
 

今では、父は驚異的な回復力で手術前と同じような生活に戻っている。40年以上吸い続けた煙草をきっぱり止めた以外は。
 

今はもう、私は、父の言葉をネガティブにとらえることはない。
むしろ、いつも気遣ってくれていることをありがたいと思っている。
 

これからは、父との会話を大切にしていこう。
今度の敬老の日は、久しぶりに父と母を誘って食事でもしようと思っている。
そして、「いつもありがとう」という感謝の気持ちを込めてこころゆくまで語り合いたい。
 
***

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2018-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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