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電車内の手助けに、二の足を踏んでしまう訳


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西峯 美咲(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
決して遠くない距離で、赤ん坊が泣いている。
18時15分。電車内は、サラリーマンが不気味なほどに大人しく、すし詰めになっている。
赤ん坊の泣き声は聞こえてくるものの、姿が見えない。
 
「なんか、変な空間やな……」
東京出張中、通勤ラッシュに巻き込まれた私は、そう思いつつも、スーツケースが邪魔にならないように、周りに気を使うだけで精一杯だった。
 
赤ん坊の泣き声はどんどん大きくなってきた。
満員電車の中でお母さんが抱っこしているのか、「泣かないで、泣かないで」とお母さんの声も焦りとともに大きくなってきた。反比例するように、電車内は静かなままだ。
黒いスーツの波をかきわけて、ちらりとお母さんの姿が見えた。
泣き続ける赤ん坊を抱っこして、ベビーカーを持ち、3歳くらいの小さな男の子の手を引いて、揺れる電車の中、立っている。
 
「か、過酷すぎる! それはあかん!」
私は驚きとともに、自分が座っている席を譲ろうとした。
が、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車。スーツケースとリュックを持った人間が、少し離れたお母さんに席を譲るという行動をとる余裕は微塵もない。
「どうしよう……。お母さんに席を譲りたいけど、声がかけられない……」
なんとも言えない罪悪感を抱きつつ、何も出来ない自分。思わず、視線を下に落としてしまった。
その時だった。
 
「がんばれ、がんばれ。ママもぼくも、みんな、がんばれ、がんばれ」
 
私の近くにいた1人の女性が、お母さんの手を握って立っている男の子に声をかけた。お母さんのホッとしたような、ありがとうございますという声が聞こえた。その声を合図に、電車内の空気が変わった。
近くにいた、もう1人の女性が赤ん坊の興味を引くように、上手に手遊びをしてみせた。気が付くと、赤ん坊は泣き止み、お母さんと男の子は「がんばれ、がんばれ」とお互いに声をかけ合っていた。
 
私は、とにかく男の子と赤ん坊が笑顔になって、お母さんの気持ちが楽になってよかったと、ホッと胸をなでおろした。と同時に、声をかけるのに少し遠いという理由だけで何も出来なかった自分に、ますます居心地の悪い思いを抱いた。そして、やっぱり視線を下に落としてしまった。
 
今回のことに限らず、電車や道で困っている人に出会った時、「何かお手伝いできることを」と思うと同時に、「でもな……」と、黙って見過ごす為のあらゆる言い訳が、頭の中によぎることはないだろうか? 相手の迷惑になったらどうしよう、求められていなかったらどうしよう、そんなことばかりが何故か頭の中に浮かんで、二の足を踏んでしまう。その度に、どうして私は自然な気持ちで声をかけられないんだろうと、悶々とした気持ちになっていた。
 
勝手に暗い気持ちを引きずりながら、ふと、男の子に声をかけた女性に目をやった。
その女性は、何事もなかったかのようにスマホを見ている。至ってクールだ。さっき、男の子にエールを贈った姿はすっかりと消えていた。意外だった。
 
そこで、はたと気が付いたことがあった。
私は、手助けという「行動」を意識し過ぎていたのではないか? 実は手助けをする自分がどんな風に周りから見られるのか、そちらの方に意識が向いていたのではないだろうか? 
先ほどの女性にとって、男の子への声かけはエールそのもので、手助けというつもりではなかったのかもしれない。頑張って満員電車の中で立っている男の子を見て、シンプルに励ましただけなのかもしれない。だとしても、その声をキッカケに、手助けの輪が広がったことは間違いない。
自分が行動で表せなくても、相手に声をかけることで、何かが変わるキッカケになるのだとしたら、声をかけない理由なんてないじゃないか。
 
そんなことを考えているうちに、立川駅に着いた。
降車する人の波にもまれながら、私も電車を降りた。先ほどの親子も同じ駅で降りていた。
両手がふさがっているお母さんは、駅を降りてからもやはり大変そうだ。
ホームにあふれる人混みが少し落ち着くのを、じっと待っているようだった。
 
男の子と目が合った。
 
「がんばったね」ついつい声をかけてしまった。ありがとうございます、とお母さんが応えてくれた。
「ほんと、がんばった!」同じ車両に乗っていた別の女性も声をかけてくれた。
「ベビーカー、お持ちしましょうか」自然と出たことばに自分でも驚いた。
すみません、ありがとうございます、とお母さんが少し申し訳なさそうに、また答えてくれた。
「じゃあ、おばちゃんは、ぼくを抱っこするね」とその女性が言ってくれた。
抱っこしてもらった男の子は、お母さんとベビーカーを持つ私を見つめながら、「がんばれ、がんばれ」と楽しそうに応援してくれた。
応援の輪が、また、手助けの輪になった。
私はまっすぐ前を見つめた。この出会いのおかげで、視界が少し明るくなった。

 
 
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2018-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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