メディアグランプリ

テレホンアポイントメントと八百屋の大根


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田尚良  (ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「M田、もっとテンションを上げて電話してみろ」
今にして思えばこのアドバイスが私の営業仕事の第一歩だったような気がする。
 
 今から二十年程前、私は技術系ガテン仕事から転職し営業職に挑戦した。
営業経験がなかった私は営業というものをさっぱり理解しておらず、物を売るという行為がどういうことか頭でしかわかっていなかった。
 転職した会社は、独自の商品を開発しているわけではなく、ただ営業だけを請け負う子会社だった。
 当時インターネットにてちらほらとネット通販が芽を出し始めていた時期だった。
携帯電話一人一台がやっと当たり前になってきていて、スマホなんてない、電子メールのようにデジタル文書で連絡を取り合うのが新鮮だった頃だ。
 では何を販売していたかというと、ネット通販などや会社専用のホームページを乗せるレンタルサーバーの費用を毎月負担してもらうサービスである。
現在でもそういった業界は存在していて、そのさきがけとも言える商売であったと思う。
 最初に何をやったかというと、テレホンアポイントメントつまり通称テレアポである。
とにかくタウンページを引っ張り出しては、中小企業に電話をし、インターネットという新規で目新しい言葉を駆使しながら「自社のホームページを持ってみませんか?」と誘いがけてアポイントを取る。
その後は中小企業の社長に対し営業して契約してもらい導入させる。
こういった仕事だ。
 私は生活がかかっているのもあって必死で電話掛けをした。
「何々会社とMというものですが今話題のインターネットを活用して宣伝を……ガチャ」 
しかし、このような電話はほとんど取り付く暇もなく断られ電話を切られる。
 私は朝から晩まで電話を掛け続けた。長時間受話器に耳をあてているので耳が痛くなってくる。
しかし一向にアポイントメントは取れない。
 一緒に入社した営業経験のある同期は次々とアポイントを取り実際に営業し契約を次々と取ってくる。
中には、一つの会社で5個も6個も契約を取ってくる強者がいて私は信じられない気持ちになり、そして落ち込んでいった。
 テレアポをやり始めて二日目、ようやく一軒のテレアポに成功し、スナックのママであったと思うが、運よく契約に漕ぎ付けた。
 しかしそれ以降、同業者との競争もあってか、何週間もテレアポすらとることができなくなっていった。
「人に物を売るのってなんて難しいんだ」
その当時20代後半だった私は途方に暮れてしまった。
それまで私が就労していたブルーカラーの仕事は体さえ動かせば一応仕事として成立させることができるが、この仕事に限って言えば契約を取らないことには仕事をしているとは言えない。
車に例えて言えば、契約の取れない状況はタイヤがスリップして空回りしているに等しいのだ。
 そうこうしている内にひと月が過ぎ、2か月目を迎えていた。
いっしょに入社した同期も10人近くいたのだが、もう半分になっていた。
「いやーどうしたらいいんだ」
でも苦しんでいるのは私だけではない。
 会社が言うには、ひと月4件以上契約を取らなければ一人分の人件費が賄えないそうだ。
完全に崖っぷちとなった。
 ちなみに私はこの当時、結婚し子供もいた。
後戻りができない状況でもあった。
 二か月目に入った時、一緒に入社した同僚の一人が、チームのリーダーになった。
先ほどの、一人で5、6件を同一会社で契約させた強者のM本が自分のチームのリーダーになったのだ。
その男は私より5歳近く年が下の若干23歳。しかし言動はとても23歳とは思えない。
正直この状況に私は何とも言えない悔しさとやるせなさで本当につらかったことを憶えている。
 新チームになって初日、相変わらず私は、まったく入らないテレアポをするため電話器を左手で耳にあて、もう一方の手は常に切るボタンとプッシュダイヤルを押す姿勢で電話に向かっていた。
テレアポ自体はまったく入らないのだが電話を掛ける本数スピードは格段に一か月で速くなり、いわゆる営業の訪問件数はアップしていた。
 私のテレアポを観察していたリーダーのM本はついにそのアドバイスを言った。
「M田テレアポする時、もっとテンションを上げてみろ」
とりあえず、私はそのアドバイス通りテンションを意識的に上げてしゃべってみた。
それからである今まで散々電話しても入らないテレアポが面白い程入り始めたのである。
 「いったいどうなってんだ」
周囲もこの様子に驚いていた。リーダーのM本は「してやったり」の表情をしていた。
後で聞けばこのM本は23歳ながら前職でも携帯電話の営業で若くしてマネージャーにまでなった男だったのだ。
つまり営業を指導できるスキルがあったのだ。
 この時は私は営業という仕事がどういうものか初めてわかったような気がした。
 
「へい、らっしゃい奥さん今日は大根が安いよ」
八百屋ではこのような掛け声がよく聞こえてくる。
八百屋の店員がなぜ元気よく声を張り上げているのか、そして威勢がいいのか。
その理由がよく理解できた。
つまりそのような「テンション」でないと大根も売ることができないからである。
元気がなければ物は売れないのだ。

 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/59299

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-10-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事