メディアグランプリ

上野でタイムスリップ


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【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:北見勲 (ライティング・ゼミ平日コース)
 
「この白が描けないんだよ」と夫人とおぼしき相手に小声で解説する中年男性。その眼前には、寝室で猫を従えヌードでポーズをとる女性がいる。薄暗い会場でスポットライトを浴び、はにかむように永遠の笑みを浮かべている。
雨の日曜日、開場から数十分、オープン間際の喧騒を嫌って遅らせて入場。美術館はすでに多くの人が散らばっているようだ。わたしと同じ中高年の男女が目立つ、男女ペア、女性の二人連れ、女性一人、男一人と様々。雨の日曜日。午前。もう上着がないと少し寒く感じる10月。皆それぞれの思いを持って来ている。どんな思いなのか?その一つ一つを推し量ることは出来ない。
上野駅公園口を出るとすぐに大小10館を超える美術館・博物館を抱える上野公園がある。上野に又顔を出し始めたのは最近のこと、年齢が向かわせるものなのか、美術館に足を運ぶようになった。
中学生の頃の初めてのデートは国立科学博物館から浅草花やしきのコース。男女3名ずつグループデートだった。お目当ての彼女のことは覚えているが、後の4名、3+3は確かに覚えていても、他は誰だったのか顔も名前も覚え出せない。
国立科学博物館で覚えているのは、たまたまドキュメンタリー映画をやっていて、誰が言い出したのか一同で鑑賞することになる。それは「海女」の生活を描いたもの。モノクロの画面に映る、ほぼ全裸に近い美しい姿に、ドキドキ、見ているのが恥ずかしくなる。その後の気まずい雰囲気も覚えている。でも、彼女と海女しか覚え出せない。花やしきでは、ほぼわたしたちと同じ時期に生まれたジェットコースターに乗り込み、民家に突っ込むかと思わせるそのスリルを楽しんだ。彼女とジェットコースターそれしか思い出せない。
上野駅不忍口を出てすぐにアメ横と飲食店街が広がっている。高校生から大学生の時は、資生堂ではMG5からブラバスを売り出していたころに、ポーチュガル4711のヘアートニックを発見、飛びついたり。初めてのライターZIPPOを手に入れ、カチッと蓋を開け左手をかざし(風にも消えないが売りだが)ジュワ、ボッ、と炎をつけ一服、そのオイルの香りに大人の仲間入りを感じたりした。缶ピースを持ち歩き、ジャズ喫茶では、友人から仕込んだ「ローランドカーク」をリクエストして悦に入っていた。ジーパンはリーバイス501を買い、ぶかぶかの米軍払い下げのジャンパーも買ったりした。(ベトナム戦争で着ていたもの?)「アー、いいよ、そのシャツ1,000円で」アメ横の優しい長髪の店員さんは、セール値段よりも安くしてくれた。但しお金はレジではなく彼のポケットに直行。こちらが後ろめたくて、急ぎ足で店を出たこともあった。不忍口から出てすぐのアメ横一帯はわたしに違う一面を見せてくれていた。社会人になってからは、居酒屋、焼鳥屋、焼肉屋、割烹料理、最後は締めの蕎麦。そして危ないパブ。こちらもワンダーランドだったが、酒まみれの生活から離れると同時に上野は遠い場所となっていた。
会社と家の往復の日々に飽きたわたしの足が又上野に向かいだしたのはつい最近のこと、動物園ではなく人の過去、歴史が群れ集う美術館群だった。
雨の日曜日、その日わたしは小学生のころの憧れの人に会いに東京都美術館藤田嗣治展にいた。小学だったのか中学だったのか、美術の教科書で、その人はこちらに寂しげな目を向けていた。西洋絵画の作家名が並ぶ中に一人、藤田と日本名があったのが一層興味を引いた。物憂げ、子供の自分になにが分かったのか、話しだしそうな彼女をただ見つめ、その一瞬を切り取って彼女は心の中に残り続けていた。
東京都美術館に一言。「そのイベントなら3号棟、105号教室ですよ」学園祭の総合受付で案内されて、着いた場所が東京都美術館だった。わたしにはそんな感じを起させる建物だ。地方の公民館が背を伸ばして「高級品集めました」、チェーンの居酒屋店舗が「今週限り、高級食材集めました」と言っているよう。学園祭が相応しい建物と思ってしまうのはわたしだけか?19年の春は「クリムト」展とのことだが、大丈夫か?
乳配色と形容される藤田の白の世界をさ迷いながら、会場の半分くらいまで来たところで彼女はいた。こちらを見つめ彼女はいた、思わず後ろを振り返り天井からのライトを確かめる。隣の絵にあたるライトとは変わりは無い、一段明るい訳ではない。視線を元に戻す、その画は他の絵を退けて明るい。明るさの秘密を確かめるかのように顔を近づけてしまう。「失礼!」心臓の鼓動が早くなるのが分かる、鼻と口から深呼吸。心整えて、視線を合わせる。「やっと会えましたね」彼女より、もういくつも年を取っている今の自分なら話しかけられる。「どうしたの、何かあったのかな?」「どうぞ、話してみたら?」一呼吸おいて、彼女の口元が動き出そうとしていたその時、「ここだったのね」「at the coffeeがタイトルだったのね」婦人が耳元に囁きかけてくる。今はわたしの妻となった彼女、海女の裸にドキドキ、民家に突っ込むかと一緒にドキドキした君は、優しい微笑みを浮かべている。目尻に皺も増え白髪も交じっているけれど。憧れの人に視線を戻して「有難う」とお別れの挨拶をかわす。会場を移動しながら深呼吸、さあドキドキを思い出してまた会話を始めようか。
 
 
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2018-10-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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