メディアグランプリ

味噌汁のだしを丁寧に取る。それだけで人生が変わるかも知れない。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:戸田タマス(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「あーもうこんな時間! 2人とも、早く食べて!」
 
 
私はキッチンから夫と娘に向かって叫んだ。
大急ぎで並べた朝食は、トースト、インスタントの味噌汁、晩の残り物。
 
2人とも、文句を言わずに食べているが、
内心こう思っているのは明らかだった。
 
「また、これか」
 
 
自分も大急ぎで朝食を流し込む。
味わってなんて食べない。正直言って、ただの燃料。
 
 
「お皿洗う時間なくなっちゃう! 早く!」
「〇〇ちゃん、もう時間だから、ご馳走さましようね!」
 
頂きますも、ご馳走さまも言わず、
夫が立ち上がり自分の支度を始める。
食事を中断されて泣きだした娘をなだめながら、なんとか着替えさせ、歯磨きをする。
 
自分の支度は1番最後だ。
眉毛とファンデーションだけの化粧を、3分で終える。
 
そうこうしているうちに、あっという間に出かける時間。
一言も言葉を交わさないまま、夫はいつの間にか出勤している。
 
なんとか保育園に娘を送り、自分はダッシュで駅まで向かう。
今日も時間ギリギリだ。
結局、お皿は洗えていない。
 
 
 
汗だくで走りながら、私は思う。
 
どうしてだろう。
仕事も育児も家事も、頑張れば頑張るほど、何かが切迫詰まっていくように感じる。
 
表面的には、どれも上手くいっているように思える。
家族全員元気だし、仕事も順調だ。なのに……。
 
大切な何かを忘れているような感覚。
 
でも、何をどうしたらいいのか、ずっと分からないままだった。
 
 
 
 
そんな折に、私は、たまたま見たある番組に釘付けになっていた。
 
 
「精進料理……」
 
 
これは、Eテレで月に1度しか放送されない番組で、
奈良県にある山奥の尼寺で、尼さん達が作る精進料理や、ライフスタイルを紹介するという内容だった。
 
 
「こんなに丁寧に、料理作るの……?」
 
 
精進料理の素朴な美しさはもちろんだが、
ニコニコ談笑しながら調理する尼さん達の、1つ1つの作業がとにかく、丁寧。
一体夕飯のために、何時間費やしているのだろうと思うほど。
尼さん達の、食材に対する愛情と感謝の気持ちを、テレビ越しでもひしひしと感じた。
 
さらに、収穫したハーブを小脇に抱え、初夏の山里の景色に見入るご住職が、四季折々の景色もまたご馳走なのと、とても満たされた顔をなさっていたのも印象的だった。
 
そして最後には、完成した料理を里の人と一緒に囲み、おいしいね、きれいだねと言いながら、大笑いして食べる……。
 
 
すごく、すごく素敵だと思った。
穏やかで、それでいてとても豊かで、心が洗われていくようだった。
思わず、その時自分が食べていたポテトチップスを片付けた。
 
 
「最近、あんな風に笑ってご飯を食べたり、景色に見とれることなんて、あったっけ……」
 
 
精進料理はとても無理。でも、何か真似したい。
そう思いながら、私は立ち上がり、冷蔵庫のドアを開けた。
 
 
 
 
 
後日、
 
 
「お前の味噌汁、ほんまに変わったな! あ~美味いわあ~……」
 
朝、夫がワカメと豆腐の味噌汁をすすりながら、言った。
 
 
味噌汁のだしを丁寧に取ること。
これが、私なりの真似だった。
 
 
いりこと昆布の合わせだし。
色々試してみて、これが我が家のお気に入りとなった。
いりこの頭と内臓を取り、昆布と一緒にティーバッグに入れて、水から10分煮出すだけ。
 
 
時間がないのは相変わらず。
なので、夜のうちに味噌汁だけは作っておくことにした。
それでも、所要時間は20分程度。
今では、どうして今までやらなかったのか、とさえ思う。
 
 
そして、だしを取り始めてから、生活の質が少しずつ変わっていった。
 
味噌汁が変わると、ご飯をおいしく炊きたくなった。
ご飯がおいしいと、おかずもちゃんと作りたくなった。
今度は、おいしい料理を乗せる、素敵なお皿が欲しくなった。
素敵なお皿を置くために、食器棚を整理したくなった。
ならば次は、ダイニングもきれいに。部屋もきれいに……。
 
ほんの10分、味噌汁に手間をかけただけで、
それを皮切りに、他のこともどんどん丁寧にやりたくなったのだ。
もちろん、本当に時間がない時は無理しない。
でも、自然と「やりたく」なる自分になっていた。
 
 
気持ちの上でも変化があった。
 
味噌汁おいしいねと夫が笑う。
夫が笑うから娘も笑う。私も笑う。
自然と会話が生まれる。
慌ただしい朝だって、なんとなくほっこり過ごせるようになり、
今日も一日頑張るぞと、前向きに思えるようになった。
 
気づけば、
前に感じていた、切羽詰まった感じが無くなっていた。
 
 
 
 
日常を、少しだけでも、丁寧に、生きる。
答えは、これだったんだ。
 
 
何か一つでも、やってみれば案外難しくない。
難しくないから、続けられる。
習慣が変われば、生活が変わり、考え方が変わる。
 
そしていつの間にか、人生だって変わっているのかも知れない。
 
 
これからも、小さな「丁寧」を積み重ねていくことで、
日常を、味噌汁のだしのように味のあるものにして、少しでもあの尼さん達に近づいていけたらいいなと思っている。
 
 
 
 
 
今日もなんとか仕事を終え、バタバタしながらも最寄り駅に着いた。
 
早く娘のお迎えに行かなきゃ、夕飯も作らなきゃ。
スーパーの袋を両手に下げて、早足で歩く。
 
坂を上ってふと前を見ると、澄んだ秋空の中、きれいな夕日が沈もうとしているのが目に飛び込んできた。
前は気づきもしなかっただろう。
 
私は、少しだけ歩調を遅くした。

 
 
***

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2018-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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