メディアグランプリ

ヒーローの誕生


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記事:久保孝之(ライティング・ゼミ平日コース)
 
2017年、どこにでもいる平凡な夫婦の間に、男の子が生まれた。
その日は雪の降らない冷たい日だったが、彼が生まれたことでその場は温かい空気に包まれていた。
彼はいるだけでその場を優しい世界に変える、天使のような子供だった。
 
そんな彼を見つめる父親の僕は、あることを誓った。
 
「この子を絶対に幸せにする」
 
それは子供を初めて授かった親であれば、当たり前の誓いかもしれない。
当たり前すぎて、つい忘れるほどに。
 
僕は本当に平凡だった。
普通の会社員だったし、これだけ自分の好きなことや興味のあることを発信できる世の中にいて、何一つ自分の個性を出したことがなかった。
 
いつか変わろう、と思っているだけで動くことができないでいた。
 
そんなある日、なにものにもなれない僕の前に未曾有の危機が迫っていた。
まさかこんな平凡な自分の前に現れるとは夢にも思っていなかった。
 
その未曽有の危機を「産後クライシス」という。
 
実は、僕が気づかなかっただけで、それは少しずつ僕の平凡な毎日を蝕んでいた。
 
「今週末は何をする?」
 
「……」
 
「どこか行きたいところはある?」
 
「……」
 
「どうしたの? 具合でも悪い?」
 
「……何でもない」
 
子供の方を見ながら、彼女はやっと答えた。
僕はなかなか答えてくれない彼女に少しむっとしたが、何か気に障ることでもあったのかな、とその時は特に気にしていなかった。
なぜなら、僕はいい夫であり、いい父親だと思っていたから。
 
「サトウさん、息子さんが生まれたんですってね。写真とかないんですか?」
 
「あるよ。この写真とか、可愛くて仕方ないよ」
 
「それにしても、以前のサトウさんなら考えられないよね」
 
「何がですか?」
 
「子供をこんなに溺愛することが」
 
僕は子供のことが特に好きではなかった。そんな僕が自分の子供となると、ここまで変わるものかと周囲も驚いていたぐらいだ。
 
「それで、今は奥さんのほうは育休中?」
 
「そうですよ」
 
「それじゃあ家事とかは奥さんがやってくれてるんだ」
 
「いえ、家事は基本的に僕がしてます。彼女は子供のことで大変なんで、家事くらいは僕が、と思って」
 
僕は優越感に浸っていたのだろう。
なにものでもなかった自分が、いい夫、いい父親になっていると錯覚していた。
自分の周りの父親という人たちは、大概が家庭のことは妻任せで、育児もほとんどしていなかった。その点、僕は家事もして、休日は子供と目いっぱい遊んでいる、こんな良い父親はいない、そう思っていた。
 
産後クライシスの魔の手が、もうそこまで来ていることに気づいたのは、僕が偽りの優越感に浸っていた頃だった。
 
ある日、Amazonの欲しい物リストに見に覚えのない本が並んでいた。
そこには、「夫を憎まずに済む方法」や「産後クライシス」「離婚」など、僕の気持ちとは正反対の言葉ばかりがあった。
 
「なんだこれ」
 
その時、ズン、と何か重たいものがお腹の奥で落ちるのを感じた。
突然目の前が真っ暗になった。今まで自分はいい夫、いい父親だと、ばかり思っていたのは、ただの自己満足でしかなかった。
不意に突き付けられた事実は、その時の僕にはあまりにも凄惨だった。
 
その日、まともに妻の顔見られるだろうかと心配していた僕だったが、家に着くといつもは点いているはずの電気は消えていた。
 
「まさか……」
 
僕は、一瞬頭によぎったことを振り払った。
 
「もう遅いからふたりは、既に寝てしまっているのだろう」そう僕は言い聞かせた。
 
静かに玄関のドアを開けると、やはり電気は消えていた。
そして、そのままそっと寝室を開けてみると、ふたりは静かに寝息を立てていた。
 
「ほっ」と思わず安心した。
 
「まだ大丈夫」
 
産後クライシスはほんの鼻先まで来ていたかもしれなかった。
でも、まだそれは来てはいなかった。
なぜなら、彼女も産後クライシスという脅威を感じていたのだろう。だからこそ、何とか未然に防ぐためにAmazonで本を探していたし、僕に対してなにか思うことがあってもギュッと我慢してくれていた。僕の勘違いではあったが、いい夫、いい父親だと思っている僕を尊重してくれていたのだった。
僕は初めての育児で悪戦苦闘して、疲弊している彼女を助けるどころか、逆に助けられていたのだ。
 
そして、僕は改めて誓った。
 
「この子と、妻と僕を絶対に幸せにする」
 
この誓いは、覚悟だった。
我が子が生まれたときの誓いとは、違う。
決して忘れてはいけない制約のようなものだ。
これから僕はいい夫でも、いい父親でもない。
決して自分の承認欲求のために動くのではなく、常に利他的に行動するヒーローにならなければならなかった。
なぜなら、僕の知っているヒーローとはすべからく常に他者のために行動するからだ。
決して見返りを求めてはいけない。
 
僕は必ず、彼らのヒーローになれると信じている。
なぜなら、自分のことしか考えていなかった僕のために
そして、我が子のために無償の愛を注いでくれているヒーローが僕の隣にはいるからだ。
 
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2018-11-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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