メディアグランプリ

お正月のご馳走


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記事:藤崎 香奈子(ライティング・ゼミ 木曜コース)
 

お腹すいた。早く家に帰ろう。
 
夕飯の支度を夫に頼んで、一日出かけた帰り道。水炊きなら切って煮るだけだし、夫にも簡単にできるだろうと材料を準備してきた。鶏肉の水炊き。ポン酢で食べるとさっぱりおいしい。コンビニでビールを買おう。
 
「ただいま〜!お腹すいた〜」
 
キッチンを見ると鍋が用意してある。うむうむ、ありがとう夫よ。
 

ん、なぜ鍋の表面が赤いんだ? 赤い材料なんてなかったよな……。
 
あーっ、この肉はふるさと納税で取り寄せたA5等級の牛肉! 冷凍庫の奥から出したのか。お正月にすき焼きをしようと思って取っておいたのに。こんな普通の日に食べる食材じゃないのよ。やってくれたな。
 
「なんで冷凍庫から出すのよ! 水炊きに牛肉入れるか? チルドに鶏肉あったでしょう。あーもうバカ、バカ、バカ!」
 
「あ、そうだったか。気づかなかったよ」
 
ショックで頭がクラクラしたが、牛肉の水炊きはたいへん美味であった。まあよいとしよう。しかし、どうせならすき焼きにしたかったけれど。
 
と言いつつも、実は私はすき焼きの作り方をよく知らない。私の実家では鍋と言えば水炊きが多かった。そもそも牛肉が食卓に上がる事は滅多になかったのだが、食べる時はしゃぶしゃぶにする事が多かった。そのため、家庭ですき焼きをした記憶がほぼないのだ。
 

「香奈子さん、支度お願いね」
 
鹿児島の夫の実家で初めての大晦日の夜。メニューはすき焼きだ。夫の実家は肉屋だったので、最高級の牛肉がたっぷり用意されていて壮観だった。支度を義母から言いつかる。でも材料は何となくわかるが、どうやって調理するのか知らない。失敗したらこの高級牛肉を無駄にする事になる。結局教えて頂く事になった。
 
まず鍋を温め、牛脂をひいて肉とネギを焼く。ジュージュー。もうこの段階で食べたいくらい美味しそうな匂いが漂う。肉が焼けたら砂糖をたっぷり入れ、野菜やキノコ、白滝を加える。野菜から水分が出てきたのを見計らって醤油で味付け。全体に火が通ったら、卵液をたっぷりつけていただく。甘辛くて実に美味しい。すき焼きは白飯もビールもすすむ。
 
無知で恥ずかしいが、すき焼きに砂糖をたっぷり入れる事、水は入れない事に驚いた。今では鹿児島で教わったやり方で作っている。
 
ところが調べてみたら、この作り方もスタンダードではないようだ。関東では肉を焼いた後、あらかじめだし汁と調味料で味を整えた「わり下」を入れて煮る。鹿児島の実家で習った砂糖を入れるつくり方は関西風だ。その他にも、肉を焼いたらだし汁を少し足して、まず肉とだし汁だけで食べるやり方もあると言う。それも上品で美味しそうだ。各家庭の流儀も含めたら、全国には無数のすき焼きの食べ方があるのだろう。
 
大晦日にすき焼きを堪能した翌日、元旦と言えばお雑煮。鹿児島では、白だしに三つ葉、かまぼこ、鶏肉などを少し入れ、焼いた丸餅を入れるスタイル。さっぱりと上品で美味しい。THEお正月という感じである。その後も黒豚やとり刺しなど、ご馳走をたくさんいただいて帰宅した。
 
でも私にとってお正月のご馳走と言えば、新潟の私の実家のお雑煮だ。新潟には美味しい食材がたくさんある。お刺身や蟹、新巻鮭。でもたくさんのご馳走がある中でお雑煮がダントツに好きだ。
 
うちのお雑煮は具沢山スタイル。鶏肉、大根、人参、里芋、こんにゃくを小さく切って大きな鍋でたっぷり煮る。味付けはだし、醤油、酒。角餅を焼いて入れ、仕上げに三つ葉、ゆず、いくらを乗せて完成。これを三が日は毎朝いただく。最初は薄味だったものが、三日目になるとだんだん煮詰まってきて少ししょっぱくなる。
 
私はこのお雑煮が大好きだ。具は素朴なものばかりだが、三つ葉の緑、ゆずの黄色、いくらの朱が鮮やかでご馳走気分を盛り上げる。汁をたくさん食べたいので、お餅はひとつだけにして、汁だけお代わりするのが私の定番だ。もしもイクラが余ったら、お昼ご飯にイクラのおにぎりをつくるのも楽しみだ。熱々のご飯でイクラをふんわり握って、ほろほろ崩れそうになるのを気をつけながら食べる。ここまでが我が家のお雑煮のセットである。
 
ところが来年は、この母のお雑煮を食べられそうにない。両親の体調が悪いのだ。父が病気で長年母が介護してきたのだが、ついに母が過労で倒れてしまった。年末に長めに帰省する予定だが、ご馳走どころではないだろうと思う。
 
でもせめてお雑煮だけは、私がつくろうと思っている。母と同じ味が出せるか自信はないが、お雑煮がないと新年がやってこない気がするのだ。
 
巷に美味しい食べ物はあふれている。家族でお祝いには焼肉やお寿司がぴったりだし、大人の食事会ではフレンチのフルコースで高級ワインを飲みたい。お取り寄せで蟹や河豚を食べるのもいいし、人気のケーキ屋さんでスイーツを買うのもいい。
 
でもお正月だけは、懐かしい我が家の味を食べたくなってしまう。いつも変わらない素朴で安心できる味。私をつくってきてくれた味。来年のお正月は、母に教わって我が家のお雑煮をマスターしたいと思っている。

 
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2018-12-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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