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みっともなくて、尊くて


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤城人(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
暮れも押し詰まった寒い朝。
突然、電話がけたたましく鳴り響いた。
声の主は翔太だった。
「シロト、聞いたか? 明日香が死んだってさ」
 
(死んだ?!)
僕は返事すら声にならない。
寒いにもかかわらず、じっとりとイヤな汗が噴き出す。体の中を流れる血の音だけが頭の中に響き、翔太の声はもう、言葉として入ってこない。
明日香が死んだ。
 
明日香と翔太と、僕ら3人は病院仲間だった。
たまたま病棟が一緒、退院もほぼ一緒。
歳はバラバラだが、僕らはなぜか気が合い、病棟ではいつも一緒だった。
「ツラいことがあっても、お互いを思い出してがんばろうね」
「定期通院でまた会おう。ちゃんと来るんだぞ」
「自分に負けるなよ」
「がんばろうね」
いつの日か、しんどかった日々を笑って語り合おうと、笑顔で退院した。
心に不安を隠しながら。
 
僕らは、アルコール依存症だった。
 
翔太からの電話は、手を振って別れたあの日から、わずか数週間後のことだった。
 
「やっぱりって、どこかで思っただろ。
おい、聞いてるのか、シロト!」
急に翔太の声が飛び込んで来る。
そうだ、その通りだった。
 
まさか、という驚きの片隅に、やっぱりという絶望が潜んでいることに、僕らは気づき、
そして傷ついた。
 
明日香は冷蔵庫の前に倒れていたらしい。
酔っぱらったまま、窒息。
お腹でも空いていたのか、食べ物を喉に詰まらせたらしい。
そのまま、あっけなく逝った。
 
やっぱり飲んでしまったか……。
あれだけ、がんばろうと誓って別れたのに。
 
「あんな死に方、みっともないよな」
翔太の最後の言葉に耳を疑い、僕は何も言えないまま、ぼう然と受話器を置いた。
 
それは、僕らの主治医が、明日香の死について翔太に放ったひと言だった。
 
海を見下ろす高台に建つ専門病院に、僕が入院したのは、まだ夏の香りのする9月のことだった。病室からは、遠くに行き交う大型フェリーや、波乗りを楽しむサーファーたちの姿も見えた。
 
「手が届きそうなのにね。でも私たちには無縁の世界なのよね」
明日香と初めて会ったときの彼女の言葉を、僕は今でも鮮明に覚えている。
明日香は、僕の方には振り向きもせず、水平線の彼方を、ぼんやりと見つめていた。
 
自分の意志ではやめられない。
それが、ゲーム依存や買い物依存など、すべての依存症に共通する特徴だ。
入院の最大の目的は、依存の対象、僕らなら「アルコール」からの隔絶だ。なので、入院とはいっても、体の痛みや傷は無い。だから、病室でじっと安静にしている必要もない。
リハビリとも違う。
 
酒でふやけ、ボロボロになった体を鍛え、我が心を見つめ直す、精神修養ともいえる3ヶ月。
それが、すべての患者に共通のプログラムだ。
 
入院中、僕は主治医に、あまり心を開いてはいなかった。
なぜなら、彼は一滴も酒が飲めなかったからだ。
(飲めないヤツに、何がわかるんだ。酒に苦しむ僕の気持なんか、ヤツにわかるはずがない)
腹の中で悪態をつきながら、主治医とはずっと距離を置いていた。
 
3ヶ月のプログラムを終え、いよいよ退院も近くなったとき、意を決し、そして若干の侮蔑も含む音程で、僕は主治医に質問した。
「先生は一滴も飲めませんよね。
それでどうして、酒飲みの治療ができるんですか?」
 
パソコンの画面に向かっていた主治医は、椅子ごと体の向きを変え、真っすぐに僕の目を見てこう言った。
「シロト君。同感と共感は違うよね」
 
怪訝な顔をする僕に、主治医は続ける。
「同感はね、『そうそうわかるよ。僕も同じだから』と、同じであることが大前提なんだ。私とあなたは同じ者、似た者同士が分かり合うことを言う。だから同じ出身地や学校、同じアルコール依存症同士のように、お互いが同質であることを重視する」
 
「……では、共感は?」と僕。
「共感はね、違うけれどわかり合おうとすることを言うんだ。
『あなたと私は違うけれど、それでも私は、あなたのツラさや過去の悲しみを感じ取ることはできるよ』、これが共感なんだよ」
 
なるほど、アルコール依存症者はお互いを仲間と言う。でも、本当は、同じだから分かり合えると、思い込んでいるだけなのかもしれない。同じアルコール依存症とはいえ、なってしまった経緯も、抱える苦しみもさまざまだ。そういえば、病棟でも言い争いやケンカはよく起こっていた。あれは、共感する姿勢に欠けているからなんだ。
 
僕は、自分の顔がとっくに赤くなっていることに気づいていた。主治医の顔をまともに見られない。軽蔑したような生意気な質問をぶつけたことを、この3ヶ月の投げやりな態度を、僕は強烈に恥じた。
 
一歩世間に出れば、僕らアル中に耳を貸す者など、一人もいない。
すべては自己責任、「飲んだお前が悪い」で片づけられてしまう。主治医はドライな感じではあるが、いつも僕らの話に熱心に耳を傾け、頷いてくれていた。先生は飲めないなりに、いや、飲めないからこそ、僕たちのことをわかろうとしていたのだ。
 
「シロト君は、もうすぐ退院だね。またここに戻って来るなよ」
涙を見られぬよう慌ててドアを閉めかけた僕の背に、主治医の声が優しく響いた。
僕らの主治医が、この分野で名医と呼ばれる理由が、少しわかった気がした。
彼の元には全国から、多くの依存症者が藁をもすがる想いで集まっていた。
 
このときの主治医とのやり取りを思うと、明日香の死に対して、主治医が翔太に放った言葉の真意が、僕には理解できなかった。
「あんな死に方は、みっともないよな」
 
(どんな死に方でも、死は死だ。死んでしまったら、もう患者ではないのか?
先生には、命に対する敬意は無いのか?)
信頼が崩れるような、複雑な苦い想いを抱きしめて、僕は明日香の葬儀に向かった。
 
明日香の死は、本当に呆気ないものだったらしい。
通夜や葬儀の参列者もほとんどなく、僅かな親族と、僕と翔太、そして数人の断酒会のメンバーだけだった。
ただ驚いたことに、明日香には子どもが一人いた。
これは翔太も知らなかったようだ。
 
まだ小学生くらいだろうか。
葬儀の間、その子はひと言も発することなく、きゅっと唇を噛み締め、握りしめた膝の上の拳も、開くことはなかった。
 
(僕らは入院中、いろいろな話をしたけれど、実は肝心な部分は話していなかったのではないか? わかり合えたつもりになっていただけじゃないのか? 「私たちには無縁の世界」と、明日香は言った。あの「私たち」の中に、いったい僕は含まれていたのだろうか……)
葬儀の帰り道は、来たとき以上に、重苦しくやりきれない気持ちを背負い、歩いた。
 
アルコール依存症者にとって本当に苦しいのは、酒をやめたあとだ。
(今日もまだ生きてたか。いっそのこと、永遠に目覚めなきゃいいのに)
毎朝苦しい思いで目が覚める。酒をやめたって、良いことなんてなんにも起きないじゃないか、と毒づきながら、ベッドから這い出す。依存症の後遺症、幻聴や幻覚でぐっすり眠れない日も続く。
 
いったん閉じてしまった社会との扉。この扉を再び開け、社会に復帰すること。
この厳しい現実が、依存症者ひとり一人に重石となり、つきつけられる。
 
社会復帰という重圧に耐えられず、自ら命を断つ者も多い。
(そりゃ、死にたくもなるよな……)
これだけ、飲んだお前が悪いと言われ続けると、生きる気力がどんどん削られていく。
 
明日香も? ふと頭をよぎる。
もし、そうだとしても、死に、みっともないも尊いもない。
 
主治医の元に定期的に通う、僕の通院の日が来た。
「どうですか最近は。飲んでいませんか?」
お決まりの挨拶のあと、明日香のことが話題になった。
 
「翔太君はね、君も知っての通り、自殺未遂を繰り返してきた。彼の場合、死を美化する傾向があるんだ。だからあえて『みっともない死に方』と彼には伝えた。
でも君には、同じ言い方はしない」
主治医の言葉は力強かった。
 
「君は日頃から、『命は尊いもの、そして誰にも平等のもの』と充分にわかっているよね。その尊い命をまっとうできていない、これがシロト君の苦しみだった。そんな君に、『みっともない』なんて言ったら、君に失礼だと思うんだ」
 
(この先生は、僕たちひとり一人に、みんな異なる言葉掛けをしていたんだ)
僕は、お釈迦様の掌の上の孫悟空のような気分になってきた。
主治医が続ける。
 
「君たちは、これまで酒に逃げていたのかもしれない。嫌なことやツラいことから。でも、酒に逃げても、人生は良くはならない。それどころか、逃げれば逃げるほど、人生は苦しくなる。まるで自分で自分の首を、じわじわと絞めつけるようなものだ。
それを隠す意味で『自分はどうせ、はみ出し者だ』などと言う者もいる。
 
でもね、シロト君。
生まれつきのはみ出し者など居ない。
自分で自分を侮蔑しているだけなんだ。
この姿勢を、自己に対する無責任というんじゃないのかな。
 
誰だって、疲れたり挫けたりすることはある。失敗だってする。
でも、それが悪いわけではないんだ。悪いのは失敗や挫折を理由に、自分で自分を諦めてしまうこと。それは自らを死に追いやることと同じなんだよ。
 
人は、己を捨てたり、拾ったりしながら、それでも歩き続けていく。
シロト君、自分自身を諦めるな」
 
自分を諦めるな。
じゃあ明日香はどうだったんだ?
自らを追いやったのだろうか。
 
いや、明日香は生きることを選んだはずだ。あの子を残して死にたかったはずがない。
断酒会にもせっせと通っていたじゃないか。例会で「生きる道を選ぶ」と熱く語っていた。そして、飲んでしまった仲間や、弱気になる仲間に、寄り添っていたじゃないか。
必死に生き直そうとした明日香の死は、みっともなくなんかない。
 
鬱々としていた心の中で、プチっと何かが弾けた。
悟空の頭を絞めつけていた輪っかが外れ、解き放たれたように頭がクリアだ。
「生きよう」
明日香の死は、僕の中で尊いものとなった。
 
あれから20年。僕は主治医の指導もあり、心理カウンセラーとして独立した。
安易な同感がいかに危うく、共感がどれだけ「人の生きる糧」になるのか。
常に自分に言い聞かせている。
 
明日香が眠る丘からは、海が望める。
「生きることはシンプルで、難しいな。でも……」
毎年お墓参りをしながら、僕は明日香に語りかけている。
「やっぱり、いいぞ。生きてるって」
 
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2019-03-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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