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メディアグランプリ

さよならミシン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:タクサガワよしえ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 

いつか、自分にしかできないことをやりたい。
密かにそう思って過ごしていたら、アラフォーになっていた。
やばい。今の私、ただのオバサンじゃん。いくらテレビが人生100年時代なんて言っても我が家の平均寿命はそんなに長くなさそう。そもそもいつ何が起きてもおかしくないのだから、あと何年人生が残っているかなんて誰にもわからない。
子供が小さいうちは、なんて思っていたけれど、つきっきりだった育児も最初の一段落を終え、気がつけばもう小学生。続いた妊娠と出産でダメージを受けた歯の治療も、やっと全部終わらせた。心配だった健康診断も何の問題もなかった。
どうしよう。もう何の言い訳も残っていない。
 
もうさ、今のままでいいじゃん。そう思ってみる。
目の前のことを精一杯やっていたら、あっという間に20年過ぎていた。これからだってそうしていれば、それなりに充実した生活が続くだろう。
しかし、そう決めようとすると呪いのように思い出すセリフがある。
20代前半、40代の上司が私に言った言葉だ。
 
「夢はね、みんな持ってるの。夢は心の中に閉まっといて、時々眺める物だよ。現実には嫌な辛い仕事をしてるの。みんなそうやって生活しているんだよ」
 
この言葉に私は心底ぞっとした。
世の中は夢を叶えた人達が作っているではないか。
なのに先輩は自分と同じ「夢は見るだけチーム」に引き入れようとしている。
仕事を辞めて上京すると伝えた私を心配してのセリフだったのかもしれない。だけど私は夢を「見るだけ」だけにしたくない。「本当の夢はこうだった」なんて愚痴を言う大人になりたくない。そこそこ待遇がよかった職場だったが、この一言で未練は無くなり、私の決意は強くなった。
もし夢が叶わなくても、仕事するならやりがいと誇りをもって働きたいとも思った。
だけど20年経っても夢はまだ叶っていないし、やりがいのある仕事もみつけていない。
あの時の先輩と同じ、40代に突入するというのに。
 
夢を見るのは簡単だ。眺めているだけでいいのだから。
叶える為には、向き合わなくては。
やることは、薄々気づいていた。
 
クローゼットから白いミシンを出して見つめる。
購入時、店員さんには10年壊れなければ良いと言われたミシン。すでにもう15年使っている。このミシンはいつも私を慰めてくれた。一人で寂しい夜は、ポーチ作りに没頭させてくれた。家事と育児で思うような外出も出来ない中、深夜でも長時間でも一度も故障もせず私に付き合ってくれた。
さすがに最近は動きが悪くなってきたし、子供の成長とともに使う頻度も減ってきた。
それでも手放せないのは「何か作りたいときすぐに叶えてくれる」救世主のような存在だったからだ。ミシンは速い。頭の中の想像物をすぐに形にしてくれる。
だけど私は手芸一筋に打ち込めないし、いくら褒められても仕事には出来なかった。作品が完成する度に、僅かな満足感と同時に強く不満を感じてまう。もっと私にしか出来ない物を作って、多くの人に喜んで貰いたいのに。作る度に、本当に作りたいのはミシンで作れるものじゃない、とどこかで思ってしまう。
 
そう、あの時の先輩と同じだ。
本当は違うと思いながら、別の事をして生きている。
夢が叶うはずもない。いつか、いつかと眺めているだけなんだから。
私はついに、ミシンを卒業することにした。
ミシンがあると、時々沸き上がる「何かを表現したい」という欲求がすぐミシンに向かってしまうからだ。
だけどなかなか行動に移せなかった。子供の頃から家にミシンがあるのが当たり前だったし、縫いたくなったらどうしよう、と不安だった。おかしいと思われるかもしれないが、ミシンは私にとって生活必需品だったのだ。
だからまず、お気に入りの生地やリメイク待ちの洋服から手を付ける事にした。段ボール2箱のそれを二ヶ月かけて処分した。たかが布切れといっても、私にとっては時間を忘れて眺めていられる大事なコレクションだ。ゴミ袋に入れる度にかなり落ち込んだ。だけどこの布がある限り、つい時間を妄想に費やしてしまう。心を鬼に、時には半べそ状態で片付けた。ミシンが無くても手縫いや人に頼んでなんとかしているママ友を思い出して、幼児もいない我が家には無くても生活に困らないと言い聞かせた。
結局ミシンを粗大ごみに出せたのは、三ヶ月後だった。
 
さよならミシン。今まで私を助けてくれてありがとう。
今後、新しいミシンは買わないよ。夢が叶うまでは。
 
まるで長年、私を支えてくれた理想の彼氏と別れたような寂しさ。だけど理想の彼は私を甘やかす。それでは私が成長できない。
理想の彼氏と別れ、次に向き合うのは「夢」という相手だ。まだ遠くにいるとしか言えないし、どうやら愛想もなさそうだ。
だけど必ず、私の側にいてもらう。今だってジワジワと僅かな距離を詰めているところだ。
 
前に進むための行動はただ一つ、書くこと。そう「言葉で表現する人」になるのが私の夢。ミシンという逃げ道が無くなった今だからこそ、全ての時間を書く事につなげられるようになった。今や書く事は、ミシン以上に生活の一部になっている。
 
実はミシンが無くても手縫いは出来るので、言い訳をしながら縫い物をする日もある。長年の手芸癖はそう簡単にゼロには出来ないのだ。しかし夢との距離はすぐに開いてしまうので、慌ててペンを握る。「夢」という奴はミシンと違ってちっとも優しくないのに、40歳のオバサンが夢中で追いかけているのだ。絵面はちっとも美しくないが、困ったことに大変楽しい。
これなら、いつ人生が終わっても「夢は違った」なんて後悔しないで済みそうだ。

 
 
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2019-03-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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