メディアグランプリ

口数の多い会話下手は、話すのをやめた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:うえたゆみ(ライティング・ゼミ土曜コース)

「うっそでしょ」
「いやいや、苦手なんだって」

私が真剣な顔で言えば言うほど、相手は笑う。

「冗談うまいな~。接客業も営業もできるあんたが、話すのが苦手なんてありえない。だいたい、いつも笑顔じゃない」

その言葉に、私は笑うしかなかった。

私は会話が苦手である。というよりも、トラブルや仕事以外の話をした経験が少ない。家族や友人を含めても、同年代の十分の一以下だと自信をもって言える。

まず本音を言ったことが、高校までなかった。それまでは周りの顔色をうかがい、その場にふさわしい会話や表情を作っていた。3歳の頃から、思ったことをしゃべった記憶がない。16歳の時に友人に出会い、1年の付き合いを経て、生まれてはじめて本音を話せた。

苦労は、ここからである。

トラブルの仲裁は得意
お客様対応も得意
営業活動も得意

プライベートでは
相手の弱点を突き、他人を怒らせる

アンバランスな人間になった。

会話から相手の思考を読み、ゴールを予想し、気分良く別れるのはできる。考えずに話すと、相手の一番痛いところを無意識にえぐり、激怒させる。議論ではめったに負けないが、気を抜いて話すと失敗してしまう。

失敗を繰り返して、嫌でも気づいた。私は自然に話してはいけない。考え抜いてしゃべらなければ、いずれ取り返しがつかなくなる。

それからは子供の頃よりも、必死に自分を作るようになった。相手の思考を読むだけでなく、周囲の思考も読むようになった。目の前の人だけでなく、周りの会話も覚えるようになった。もちろん、会話に合わせて表情を変えるのも忘れない。

そして間が怖くなった。沈黙が耐えられなくなった。会話に空間ができないように、興味のない流行まで調べるようになった。

口数が多い、会話下手の誕生である。

人が集まる会に呼ばれるたびに、家に帰って倒れるようになった。熱も出すようになった。それでも私には、他に方法が思い浮かばなかった。布団を敷く体力もなく、玄関で倒れこんだまま寝る日も増えた。

削れていく体力とは逆に、周囲の評価は上がった。仕事でもプライベートでも、周りに喜ばれた。イベントに呼ばれる機会が増えた。倒れる回数も増えた。

ついに耐えられなくなり、起き上がれなくなった。そこまで頑張れてしまったのには、原因がある。私の体は貧弱で、物心ついたときから痛みや疲れを感じなかった日がない。痛いのも、しんどいのも、お腹がすく感覚と変わらない。だから、限度がわからなかった。身体が限界を超え、動けなくなるまでわからなかった。

ここまで体調を崩せば、実感せざるをえない。このやり方は、自分の命を消耗する。別のやり方を、考えなければいけない。悩んだ、悩み続けた。何日も、何ヶ月も、何年も悩んだ。ある日、気づいた。

話さなくていいんだ

話そうとするから、疲れるんだ。良く思われようとするから、しんどいんだ。誘われても、丁寧に断ればよかったんだ。健康を害してまで、無理する必要なんてなかったんだ。

それから、私は話すのをやめた。まったく声を出さないわけではないが、以前の10分の一の量になった。雑談をしない、要約しない、言い換えをしない、声に出してあいづちをしない。それだけで楽になった。

これだけだと、感じの悪い人になるので工夫はした。心と表情はリラックス、声を出さずうなずくだけのあいづち、相手の会話を発展させる質問、他の人に話してもらう誘導を心がけた。

頭を使わないのは、残念ながら無理だった。思考しないことが、不安を呼び起こしストレスになった。周囲の考えを読み、話の内容を覚える方が体力の消耗が少なかった。

完璧は無理だよね、とあきらめた。

この対策の効果は大きかった。玄関先で倒れなくなった。ベッドにたどり着けるようになった。熱も微熱になった。私にとっては、大きすぎる進歩である。話し方だけでなく『No』と言えるようになったのも大きかった。

これまでの苦労はなんだったんだ、と呆れるほど体調が良くなった。

倒れるまでの日々を、振り返って思う。無理は、どうせ続かない。無理を続ければ、いつかは破たんする。できないならば、スキルでどうにかするのではなく、別の視点で負担の少ない方法を考えるべきだった。人生の8割を使うほど迷走したが、意味があったと思える。

この考え方は、あらゆることに応用できるからだ

人付き合いだけでなく、他の面も改善できた。勉強も、作業も、健康管理も、体力が切れて途中止めになることがなくなった。”頭に汗をかく”という言葉の意味がはじめてわかった気がした。

世間で言われているやり方が、自分に合うかどうかは試してみるまでわからない。合ったとしても、靴に中敷きを入れるように調整しなければピッタリとはならない。その調整は継続しながら、ちょっとずつ合わせていくしかない。

それを40歳になる前に、身につけることができた。人生の大半を費やした価値はあったと、今では感じている。
 
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2019-04-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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