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メディアグランプリ

栄光は卑怯者の烙印


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:篠田 真由美(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「アルプススタンドで応援する選手って、どんな気持ちだろうね」
甲子園のTV中継を見る私の横で、ふと母がそんなことを言った。
春の選抜野球で地元の東邦高校が快進撃を続け、地方番組は連日ニュースで取り上げた。
 
甲子園の中継を見ていると、メガホンを片手にアルプス席で応援する高校球児たちが気になって仕方がない。ドラフト上位指名間違いなしの大型ルーキーよりも、アルプス席の日陰選手が気になってしまうのは、きっと自分も同じだったからだ。
 
私が中学校で所属していたソフトボール部は、名古屋市内では知らないチームがないくらいの強豪校だった。
朝練に始まり、日が沈めばグラウンドのナイター照明に照らされて、朝から晩まで練習をしていた。県大会で上位を取るのは当たり前。東海大会で強豪校を倒すこと。そして全国大会出場の切符をつかむことだけを目標にして、土日も関係なくひたすら練習をしていた。
 
中学校ではソフトボール部員というだけで、周りから「厳しい練習を頑張れる子」「苦しいことを乗り越えられる子」という扱いを受けた。
それは高校入試の面接でも一緒だった。私の経歴書には「全国大会出場」の文字がきらりと輝いていた。私が中学3年生の時、我がソフトボール部は東海大会で勝ち進み、悲願の全国大会出場を果たしたのだ。
 
「全国大会に出場するなんて、素晴らしいですね」
高校入試の面接官が私の経歴書を見ながら満足げにそう言った時、胸がざわついた。
 
輝かしい実績の裏で、私はいわゆる日陰選手だった。新入生にあっさりと実力を追い抜かれ、気づけばベンチが私の定位置になっていた。ソフトボール部の功績に、私は何一つ貢献できなかったのだ。
だから「全国大会出場」という栄光にすがる自分は、虎の威を借る狐のようだった。
最高峰の名誉を披露するたびに、卑怯者の烙印を押されているような気がした。
 
私は高校で水泳部に入部した。
水泳部を選んだ理由は2つある。小学生の時に習い事で励んでいた水泳をもう一度やりたかったから。そして水泳が他人に迷惑をかけない個人競技だったからだ。
 
たいして実績のない公立高校水泳部の練習は、プールに浮かんだ落ち葉を網ですくうことから始まる。プールから漂う塩素の匂いに慣れてくると、どこか心地よく、ここが私の居場所なのではないかと思えてくる。
 
真夏の日差しが容赦なく照りつけるプールで、私は必死になって練習に取り組んだ。
男子生徒と同じ練習に食らいつき、オフの日も市民プールに通っては、自分の弱点だった下半身の強化に励んだ。速い選手の泳ぎ方を真似て自分の泳ぎに取り入ることもあった。
 
目標もできた。
高校2年生までが出場できる新人大会で、100メートルバタフライの基準タイムを切り、県大会に出場することだ。中学校の頃を思い出すと、鼻で笑われてしまいそうな目標だ。
でも、「自分を変えたい」ただその思いだけでバタフライの練習に打ち込んだ。
 
ソフトボールから離れて、水泳の練習に励むうちに、卑怯者の自分を少しずつ許せるようになってきた。
水泳選手は身体の軸がブレないよう、筋力と基礎体力が必要になる。
私が水泳部に入部して、数か月で男子生徒と同じ練習をこなせるようになったのは、間違いなくソフトボール部で身体を鍛えたおかげだった。
 
そして卑怯者の烙印を抱えているのは、たぶん、私一人だけではないことに気付いた。
名門の進学校に入学する。大手企業に就職する。
輝かしい名誉の裏で、誰もがきっと周りと自分を比べては、悩み、もがいている。
周りから羨望の眼差しを受けて、ボロボロになった自尊心をなんとかもち直し、また闘いへと戻っていく。甲子園でグラウンドに立てない高校球児たちも、もしかしたら同じかもしれない。
 
高校2年生の夏。名古屋市地区予選会。
基準タイムを切らなければ、県大会に出場することはできない。
 
準備の合図であるホイッスルが鳴る。
スタート台に立つと、恐怖で足がすくむ瞬間がある。
水深2.5メートルの競泳プールに飛び込めば、途中で足を着くことも、誰かに助けを求めることもできないのだ。
でも試合が始まれば、1分30秒ほどのわずかな時間、
レーン上の主役は自分だ。
 
スタートの号砲がアリーナに鳴り響く。
勢いよくスタートを切り、身体が水面に浮かび上がると、リズムよく水をかいて流れに乗る。
50メートルのターンを過ぎてからが本当の勝負だ。後半は疲労が溜まり、水圧で腕が引きちぎられそうになる。私は必死に腕を振り上げて水をかいた。
ゴールに到着すると同時に、ゴーグルを外して電光掲示板を見る。名前の横に表示されたタイムを見た瞬間、火照った身体がさらに熱くなるのがわかった。
 
プールサイドに上がり、乱れる呼吸を必死に整えながら、観客席で待つ水泳部の仲間に向かって思いきり手を振った。
 
私のタイムは基準タイムを切っていた。私は県大会の出場をつかんだ。
それは誰の力でもなく、自分の力で。
 
県大会の出場が、誇れるものかどうかわからない。
でも、ひとつだけ言えることがある。
全国大会の出場を手にしたあの時よりも、今の自分の方が輝いている。
 
闘い抜け。
過去の栄光を放り投げて。
 
腕を振れ。
新しい未来をつかみ取るために。
 
 
 
 
***
 
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2019-04-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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