メディアグランプリ

死骸を片付けるのが嫌で子猫を拾った僕が、猫至上主義者になるまでの話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:渥美 勉(ライティング・ゼミGW特講)
 
 
それは突然だった。
am4時のベランダから「ミー、ミー」と鳴き声がする。何かと思って窓を開けると、目も開いていない血だらけの白い子猫がいた。どうやら母猫が産んで放棄したらしい。混乱した僕は、そのうち母猫が戻ってくると思い、放置することにした。僕が寝ているうちに母猫が連れ去ってくれて、何事もない日常が戻ってくると楽観的に思っていた。しかし、待てど暮らせど母猫は戻って来ず、子猫の声はどんどん弱々しくなってくる。
 
このまま、カラスとかに突かれて死んでしまったら嫌だなぁ。それを片付けるのはもっと嫌だなぁ。そんな感情が次第に強くなってきて、気づくとスマホで同じような出来事を経験した人がいないか検索していた。すると、「子猫を拾ったら、体温を下げないようにペットボトルで湯たんぽを作って温めて、なるべく早く動物病院に連れて行け」という記事を見つけた。書かれているがまま、ペットボトル湯たんぽで温めつつ、動物病院が開am9時を待った。
 
「あなた、本気で飼う気があるんですか?」
 
動物病院の窓口で、ベテランっぽい女性獣医に詰め寄られた。
 
「はい……」
 
なぜかわからないけれど、咄嗟にそう答えてしまった。
それが一葉(メス猫)と僕との出会いだった。
 
一葉という名前は、五千円札でおなじみの樋口一葉から拝借した。一葉は、とにかく病気がちで金のかかる猫だったから、少しでも金運を上げたくて名付けた。
 
話を戻す。
 
目ヤニで真っ黒だった目を、例の女性獣医さんがキレイにしてくれたのだが、かなり酷い状態だった。
 
「これ、目はダメかもしれませんね。頑張ってみますが、覚悟しておいてください」
 
そう言われても「よろしくお願いします」としか言えず、待合室で処置を待った。目のほかにも、首をカラスに突かれたらしく、その治療も同時並行で行われた。
 
処置が終わると、女性獣医から呼び出された。
 
「率直に申し上げますね。この子は目も悪いし、首の怪我は神経まで達しています。ミルクも飲まないです。こういった場合、ほとんどの子は残念な結果になります」
 
「はあ、そうなんですね」
 
どうやらこの子は、死ぬらしい。頭が真っ白になった僕に、女性獣医が続けた。
 
「やるだけのことはやってみます。少ないですが、元気になった子もいますので」
 
「お願いします」
 
この瞬間から、僕の生活は一葉を中心に回り始めた。
毎日3時間おきにミルクを与えなくてはいけないのだが、ミルクを飲まないので、カテーテル(1ミリくらいの細い管)を口から胃に差し込んで、注射器で強制的に飲ませた。ミルクを飲ませる(流し込む?)と、胸をトントンと叩いてゲップをさせる。その後は、お尻をぬるま湯で濡らしたガーゼで刺激して、おしっことうんちを出させる。
 
仕事があるので、朝起きるとニューバランスを買ったときの靴箱に一葉を入れて、動物病院まで連れて行き預かってもらい、動物病院が閉まるpm8時ギリギリに迎えにいく。窓口で1日2千円支払う。何か治療があるとさらに請求が増える。
 
いったい僕は何をやってるんだろう。特に猫が好きなワケでもない。仕事も転職したばかりで、慣れるのに必死だ。こんなことをしている場合じゃないんだ。
 
そうか。
女性獣医がどうしてあの時、あんなことを聞いてきたのかが分かりはじめた。乳飲み子の子猫を飼うというのは生易しいことではないんだ。十分に取れない睡眠、思うようにミルクすら飲んでくれない子猫、慣れない職場。いろんな要因が、僕を追い詰めていった。
 
子猫を拾ってから1週間後。それまで閉じていた目が、少しだけ開いた。透き通るように青い目だった。なにか熱いものが胸に込み上げてくるのを感じた。見えているのかは分からない。けれど、着実に成長しているんだ。
 
2週間後。哺乳瓶でミルクを飲めるようになった。ミルクを飲むとき、一葉は手を上下に動かす。これは子猫が必ずやる行動で、母猫のおっぱいを刺激しているらしい。あるはずのない母猫のおっぱいを探しているのだろうか。
 
3週間後。急に歩けるようになった。首のケガのせいで常に首を傾げた状態で、真っ直ぐには歩けない。女性獣医からは「たぶん、首は一生このまま傾いていると思います」と告げられた。
 
4週間後。治らないと言われた首の傾きが真っ直ぐになった。女性獣医も驚いた様子で、「驚異的なことですよ!」と興奮気味だった。
 
そうして気がつくと、1ヶ月が経っていた。死ぬと言われた一葉は、好きなように僕の部屋を駆け回り、気まぐれに僕の膝の上に乗って眠ったかと思えば、お腹が空いたと鳴いてゴハンを催促した。女性獣医は「もう大丈夫ですね。よく頑張りましたね。」と言った。ミルクを卒業したので、もう動物病院に預けなくても大丈夫になった。
 
あれから3年。
一葉は僕にとって無くてはならない存在になった。
ペット不可のマンションから、ペットが飼えるマンションに引っ越した。既製品のキャットタワーを一葉が気に入らなかったので、友人に手伝ってもらいDIYで作った。病気がちなので、ペット保険に入った。イオンモールに行くと、ついついペットグッズ売り場でオモチャを買ってしまう。もう完全に猫至上主義者になっていた。
 
死骸を片付けるのが嫌という理由からスタートしたけれど、小さな命が成長していくのを目の当たりにする度に、僕の心は揺さぶられた。そんな経験をさせてくれた出会いに本当に感謝している。動物を飼うということは、楽しいことばかりではない。けれど、何にも代えがたい時間を与えてくれる。
 
「あなた、本気で飼う気があるんですか?」
 
もし、また聞かれることがあったら、僕は胸を張って「はい!」と答える。

 
 
 
 
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2019-04-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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