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メディアグランプリ

やらなきゃならないことをやるだけさ、だからうまくいくんだよ


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【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤滋高(ライティング・ゼミGW特講)
 
 
小さい頃から研究者と言うものに憧れがあって、ある時期からは大学の先生になりたいと考えていた。その後、著書を読んで憧れていた先生がいる大学に進学し、その先生の研究室に所属する事も出来た。そこまでの道のりは順調だったのだ……
 
「佐藤くんはもう少し具体的な何かをした方が向いていると思うよ」
教授に誘われて行った居酒屋でそう言われた。教授と2人で飲むのはこれが初めてだ。今日が大学院の試験であったことと無関係ではないだろう。そうか正式な発表は後日だが、きっと院試に落ちてしまったのだ。そして、励ましてくれているのだ。さらに、これは、たぶん、やんわりと、研究者には向いてないと言ってくれているのだ。
一浪一留の24歳。世間はいわゆる就職氷河期の真っ只中。今から就活をしても厳しいだろうし、そもそもやる気も起きない……
授業にも出ないで一緒に遊び呆けていたサークルの仲間は、実家に引きこもっていたり、ブラックな企業に勤めて心を病んだり、消息が分からなくなっているものもいた。かなりまずい状況だ。何とかしないといけない。どうすればいいだろう。分からない。
 
「そうだねー。国家資格を取ってみるのはどうだろう。例えば医師免許」
困り果てた僕は教授にアドバイスを求めることにしたのだが、まるで忘年会の会場を相談されてアドバイスするような、そんな調子で医学部受験を勧められた。
なるほど…… 確かに起死回生の策だ!
医師になれば生活も安定するだろう。ムフフ…… な想像も浮かんでくる。
医学部に活路を求めよう。
 
そうと決まれば、残された時間は少ない、即座に下宿を引き払い、実家に戻った。予備校に行く経済的余裕はないので、自宅にこもってひとり勉強を続けた。当たり前だが他の受験生の存在が見えない。ひとり取り残されて居るのではないかと、焦りばかりが募ってしまう。36時間勉強して、12時間寝るという、どう考えても非効率な方法を実践し始めるほど、精神的にも追い詰められていた。
 
「この問題集をこないだの続きからやろうか?」
一人でやるから苦しいのだ!
ツテを頼って大学受験を控えた生徒を教える家庭教師のバイトを見つけた。自らも受験生ではあるが、いちおう大卒だ! まぁ許される範囲だろう。
バイトの予習が自分の勉強になり、バイトが復習になる。人に教える事が1番の勉強法である事は真実であった。
「まだまだ全然受験モードになってないですよー。部活引退してない奴も多いですしね」
そのうえ、受験生と一緒に机に向かう事が出来る!
勉強の合間にする他愛ない会話が焦りをかなり軽減してくれた。
 
「そんなチープな志望動機、現役の高校生でも言わないよ。本当に医者になりたいの?」
面接だけは一人で対策出来ないので、家庭教師で稼いだお金で予備校の短期講習に通った。そもそものスタートが不純であるので、面接対策には苦労したが、講師の先生にありのままを伝えたら、面白がって親身に相談に乗ってくれた。
 
高校生に紛れてセンター試験を受け、二次試験の面接も卒なくこなした。
そして、奇跡はおきた。晴れて医大生となったのだ。
 
入学するまでは学校で浮くんじゃないか、お昼ご飯はトイレで食べないとダメだろうか、と心配していたが、それは杞憂に終わった。同級生の2割くらいが大卒や大学中退を経て受験してきた再受験組と呼ばれる年の近い人達だったし、若い同級生たちも普通に素直ないい奴らが多かった。
同級生たちとは打ち解けられたが、医学部の過酷なカリキュラムにはかなり苦しめられた。若くて優秀な同級生たちに取り残されないように必死で勉強しているうちに、あっという間に6年間が過ぎて行った。3日間かけて行われる医師国家試験も、途中ストレスでメニエール病を発症し左耳が一時的に聞こえなくなったりもしたが、何とか合格し晴れて医師になる事ができた。
32歳になっていた。
 
始めの志望動機はいい加減なものだったが、医学部で学ぶうちそれなりに医者としての自覚も芽生えた。初期研修の2年間を経て、今は臨床医として働いている。一昨年からは大学院に進学し、研究と臨床に忙しい毎日だ。
 
あの時、大学院に落ちて良かった! とまでは思わない。むしろ、大学院に受かっていたらどうなっていただろうと考える時が今でもある。
 
この手の話にありがちな結論で申し訳ないが、人生において何かに挑戦するのに手遅れはないと思う。年齢を理由に諦める必要はない。
 
でも、それではなにか言い足りない。
手遅れがないと言ってしまうと、先延ばしにする言い訳になりかねない。
大学院に落ちたあの時でも手遅れではなかった。それは正しい。しかし、やっぱり打ちのめされてペシャンコになっていたあの瞬間にやる「必然性」があったのだ!
 
『歳を取ることはそれほど怖くはなかった。歳を取ることは僕の責任ではない。誰だって歳は取る。それは仕方のないことだ。僕が怖かったのは、あるひとつの時期に達成されるべき何かが達成されないままに終わってしまうことだった。それは仕方のないことではない。』
村上春樹、遠い太鼓
 
手遅れはないかもしれないが、その時にやるべきこともあるのだ。そんな時に勇気を持って飛び込む事こそ大事なんじゃないだろうか、最近そんな風に思うのだ。
 
 
 
 
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2019-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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