メディアグランプリ

レシートに救われた夜のこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:斉藤 晴香(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
激しい動悸で目が覚めた。
心臓がいつもより速く鳴り、何となく息苦しい。
しばらくすれば治るだろうと自分に言い聞かせ、布団の中でギュッと目を閉じた。
珍しくジムに行って運動したのがいけなかったのか、夜に食べたきのこのパスタがいけなかったのか、そんなことを考えながら深呼吸を繰り返す。
しばらく経ってもいやな汗は止まらず、指先の感覚もおかしくなってきた。
起き上がると視界が揺れ、まともに立っていられない。数歩先にある冷蔵庫まで何とか辿り着き、座り込んで水を飲んだ。
枕元に置いてあるスマホに手を伸ばし、今が夜中の12時半であることを確認した。
ちょうど1年前から一人で暮らしているが、こんなに不安になったのは初めてだった。
母の声を聞いて安心したかったが、遠方に住む家族に心配をかけたくなくて、迷惑を承知で職場の先輩に電話をかけた。
「どうしたら良いのか分からない」とめそめそするわたしに、先輩は「ほんまにしんどかったら救急車を呼んでも良いんちゃうか」と言ってくれた。
先輩との電話を切ったあと、わたしは人生で初めて119番に連絡した。
 
病院に到着するとスムーズにベッドに寝かされ、採血をされたり、心電図の機械を取り付けられたりした。近くに人がいることに安心し、しばらく何も考えずに天井を眺めていた。
検査の結果、動悸の原因は分からなかった。しかし異常はなかったので、そのままお支払いを済ませ、タクシーを呼んだ。
外に出ると、ぽつぽつと雨が降っていた。
 
落ち着いて考えると、救急車を呼ばずにタクシーで来院することもできたし、わたしが救急隊員にお世話になっている間に、他の誰かが助けを必要としていたかもしれない。
重症でなかったにも関わらず、大事にしてしまったことを反省した。
 
10分もしないうちに到着したタクシーに乗り込み、自宅近くのコンビニで降ろしてほしいと伝えた。そして、手持ちの現金がないのでATMで出金してから運賃を支払いたいと付け足した。
運転手は「もちろんかまへんよ」と優しく微笑み、ゆっくりアクセルを踏んだ。
 
車が動き出してすぐに「体調、悪いんですか」と声をかけられた。不安な気持ちを紛らわすため、わたしは経緯を話した。突然体調が悪くなったこと、一人暮らしで心細かったこと、でも救急車を呼んで良かったのかと後悔していること。一方的に語ってしまったが、話を遮ることなく、「そうですか」「大変やったね」と相槌を打ちながら聞いてくれた。
そんな話をしているうちに、見慣れた景色が見えた。
救急車に乗っている間は果てしなく感じた道のりも、実際はそれほど遠くなかったのだ。
宣言通り最寄りのコンビニでお金をおろし、駐車場で待つタクシーに向かった。運転席側に立ち、窓からお金を支払った。
背を向け歩き出そうとすると、「ここから家近いでしょ」と後ろから声が聞こえた。「メーター切ってあるから、家の前まで送ってあげるよ。体調も悪そうやし、雨も降ってるしね」とドアを開けてくれた。
その優しさが嬉しくて、温かくて、涙がこぼれそうになるのをこらえて、もう一度タクシーに乗り込んだ。
家に着くまでの1分弱、運転手の心遣いに感謝しつつ、また一人になる不安を感じていた。そんなわたしの様子に気付いてくれたのか、降り際に「ここに営業所の電話番号書いてあるんよ。24時間繋がるから、何かあったらタクシーを呼んでくれたら良いよ」とレシートを渡してくれた。
 
もちろん、営業だというのは分かっている。
しかし、この時のわたしにとって、このレシートは何より心強い「お守り」だった。
 
ものすごく体調が悪いとき、自力で運転できないとき、頼れる人が近くにいないとき、救急車を呼ぶのをためらってしまうとき。
タクシーは来てくれる。
タクシーは呼んで良いんだ。
味方になってくれるんだ。
そう思うと、気持ちが楽になった。
このレシートが心の拠り所になり、守ってくれているような気がして、朝日が昇るまでずっと握りしめていた。
 
もしかすると、誰しもそれぞれに形の違う「お守り」を持っているのではないだろうか。
友達からもらったマグカップ、大好きなアイドルの写真、尊敬する作家の言葉、子どもが描いてくれた似顔絵、好きな人から届いた手紙……他の人にとっては何でもないようなものが、自分の心を落ち着かせ、強くさせてくれる時がある。
一人暮らしは心細いことも多いけれど、これからも色んな「お守り」に頼りながら、乗り越えていきたいと思う。
 
 
 
 
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2019-05-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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