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メディアグランプリ

エイリアンの抜け道


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:水口綾香(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「水口さんは、防災ポーチ持ち歩いてますか?」
あぁ、私の一番聞かれたくない質問だ。指先が冷たくなるのを感じる。
 
この質問は、私が防災の先生という事を知っていて、さらに防災に詳しい人からしか聞かれない。ごまかしが効かないから中途半端に答えられない質問だ。だが、聞かれたくない理由はそれだけではなかった。
 
防災ポーチというのは、移動中に災害に巻き込まれた時のために小さなポーチに防災グッズをまとめて日頃から持ち歩くというものだ。
 
知りませんでした。と言えたらまだ良かった。相手の防災ポーチから学ばせてもらうことが出来るからだ。
でも残念なことに私は防災ポーチというものを知っていたし、事態はもっと悪かった。
 
私は挫折したのだ。防災ポーチを持ち歩くことに。
 
私が初めて防災ポーチを持ち歩き始めたのは、我が子が生まれて育児に悪戦苦闘している時だった。もともと災害時に仕事に出ることがあったので、カバンにはいくつかの防災グッズをいれて持ち歩いていた。仕事を離れて母になってもポーチに防災グッズを詰めて持ち歩こうとしたのは、「どんな時でも我が子を守れる母親でいたい」と思ったからだった。
 
出生時の体重は2700gが平均と言われる中、我が子は3000gを超える大き目な赤ちゃんとして生まれてきた。初めての育児にヘロヘロになりながらも、我が子はすくすくと育った。気がつけば同じ月に生まれた赤ちゃんよりも一回り、いや二回りは大きく成長していた。
 
そんなある日、私が洗濯物を干しているときのことだ。洗濯かごに手を伸ばして服を手に取り頭を上げたその瞬間、目の前が霧に包まれるように真っ白になった。
 
「……あれ……? 目が見えない?」
 
なんと突然両目が見えなくなってしまった。
あまりの出来事に何が何だかわからないまま横になるしかなかった。数十分後にじわりじわりと視力は無事に戻ったが、怖くなった私はすぐに近所の総合病院でCT検査を受けた。
 
結果、医師の説明は意外なものだった。
「血流が悪すぎて脳に栄養がいきわたらなくなると、栄養不足で目の機能が落ちてしまう事がまれにあります。脳に流れる血流を悪くする原因、何か思い当たりませんか?」
 
そう言われた私の肩には、周りの子より2回りも大きな我が子を乗せた抱っこ紐と、パンパンに膨れ上がった重たいマザーズバッグが食い込んでいた。医師の視線は食い込んだ肩紐に注がれた。
 
その日から、私の肩にかかる負担を軽くするための重さの調整が始まった。この重さを解決しないと、また目が見えなくなるかもしれない。その予兆に目がチカチカすることが続いていた。
かといって、すくすく大きく育つ我が子は重くなることはあっても軽くなることはない。という事は、軽くできるのはパンパンに膨れ上がったマザーズバッグしかなかった。
 
子育て中のママにとってバッグを軽くするのは容易ではない。着替えにオムツ、おやつ、おもちゃにお弁当も入っていた。
まずは自分の持ち物を見直すことにした。財布を小さくて軽いものに変えた。手帳も薄い手の平サイズのものに変えた。レシートを財布に入れなくなった。ポイントカードももらわなくなった。
それでもまだ目のチカチカは治らない。
毎日家に帰ったら、その日1日使わなかったものをカバンから追い出すことが日課になった。
 
その時に毎日迷うのが防災ポーチだった。
今日も使わなかった、という事実が毎日積みあがっていった。
「どんな時でも我が子を守れる母親でいたい」という思いで持ち歩いたポーチは、こんな状態で我が子を守れるわけがないという高い壁に変わっていた。
私は防災ポーチを、良い母でいたいという思いと一緒にバッグの外に追い出し、同時に我が子を抱っこしてあげる事すらできない現状を受け入れた。
 
完全に挫折だった。防災ポーチも、育児も。
その日に使う最低限のものだけを持って、反り返って嫌がる我が子に謝りながらベビーカーを押す生活がはじまった。
 
それからしばらくして、私はあるものを手に入れた。ロケット型をしたキーホルダーで、ボタンを押すと光る懐中電灯になっていた。少し仕掛けがしてあって、照らした光の中におどけたエイリアンが浮き出るというものだった。
 
光の中に浮きでたエイリアンは、私の相棒と言ってもいい程育児を手助けしてくれた。
ボタンを押せばいないいないバァ! と現れて、レジに並んでいる間もご飯支度が整うまでの間も、我が子の相手をしてくれた。あっという間に、マザーズバッグのおもちゃのポジションに防災グッズの懐中電灯の機能をもって納まった。防災ポーチを持ち歩かなくても、一つ災害の時に対応できることが増えた。バッグの重さは変わらなかった。
 
エイリアンがおどけた顔で言った気がした。
「高い壁にぶつかって前に進めないなら、こっちにおいで! 抜け道があるから」
 
災害のためだけに使わない懐中電灯を毎日持ち歩くことはできなくても、私の育児を手助けしてくれる懐中電灯の機能付きおもちゃは簡単に持ち歩くことが出来た。エイリアンが浮かぶ光がさしていたのは、まさに高い壁を回避する抜け道だった。それから少しづつ、私のバッグに災害の時に対応できる機能を持ったものが戻ってきた。
 
防災ポーチの質問に、挫折したときの気持ちが戻ってきそうになる。
深呼吸してエイリアンを思い出す。
私は質問者を、エイリアンの抜け道へとご案内した。
 
 
 
 
***
 
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2019-05-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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