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映画「かもめ食堂」は、ノンフィクションだ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:池田和秀(ライティング・ゼミ平日コース)

「かもめ食堂」という映画をご存じだろうか。2006年に公開された北欧フィンランドを舞台にした日本映画だ。主演の小林聡美が、首都ヘルシンキの街中に日本食堂を開く。けれど客は誰も来ない。その食堂に流れる時間を縦糸に、お店にやってくる様々な事情を抱えた人たちとの交流を横糸に、映画は進む。
この作品は、群ようこ原作の純然たるドラマなのだが、公開当時に映画館で接した私には、ノンフィクションにしか思えなかった。なぜならフィンランド人のメンタリティが、純度高く描かれていたからだ。
お店はあることをきっかけに徐々に人が入りだし、最後にはお客であふれるようになるのだが、その過程の折々に、主人公のサチエが室内プールで一人泳ぐ様子が印象的に挿入される。プールが彼女の日課なのだ。そして、かもめ食堂がお客でいっぱいになった日、今日も一人プールにやってきたサチエが、そのことをそっとつぶやく。するとまわりで泳いでいたフィンランド人たちが、いっせいにサチエに向かって拍手をする。
日常の中でこれはありえないでしょう、というツッコミもありそうな、映画ならではのファンタジーとしか思えない場面なのだが、これを観たとき、私は、「そう!これがフィンランド人!」とそのシーンの美しさに強く共感した。なぜなら、これと同じような体験を、私もフィンランドでしていたからだ。
それは、1人でフィンランドを旅した時のことだった。ヘルシンキから郊外のタピオラという街まで地元のオーケストラを聴きに出かけた。路線バスに乗って行かなければならないのだが、降りるバス停がわからない。バスの運転手に聞けば教えてくれるだろうと思って、ヘルシンキのバスターミナルからタピオラ方面行のバスに乗り込み、運転手にホールの名前を告げて最寄りのバス停を尋ねたのだが、何度も運転手に聞き返される。どうやらそのホールを知らないらしい。やりとりを重ねているうちに、突如、運転手が後ろを振り返り、乗客に向かって「このバスは文化センターを通るのか」(フィンランド語だったので推測だけれど)と大声で叫んだ。すると、乗り合わせていた10人ほどのフィンランド人たちが、いっせいに「kyllä!(=Yes!)」と答えたのだ。車内に響く「kyllä!」の声は、今も忘れられない。居合わせたフィンランド人全員が、私と運転手のやり取りに関心を寄せてくれていたのだ。「かもめ食堂」のサチエがプールで拍手のシャワーを浴びたのと、まったく同じだった。
そして、ホールへ向かう車中の出来事に話は続く。フィンランドの路線バスには、車内放送がなかった。今バスがどの停留所を過ぎたのか、まったくわからない。私はガイドブックの地図を頼りに、必死にバスの現在位置を把握しようとしていた。そして目的地のバス停が近づいた瞬間、私の隣の席で新聞を読んでいた女性が、いきなり顔をあげて、「あなたの降りるバス停はここよ」と英語で告げてきた。新聞を広げる姿からは私のことなど素知らぬ風に感じられたのだが、実は気にかけてくれていたのだ。
そしてバスから降りると、今度は私の後から降りてきた1人の青年が話しかけてきた。「自分も文化センターに行くので案内するよ。一緒に行こう」
ホールにたどり着くまでのこの展開は、日本に住んでいる日常からはファンタジーとしか思えないようなものなのだが、これが私の接した、フィンランドのそのままの姿だった。
フィンランド旅行中、街の中で目にしたフィンランド人たちの振る舞いからは、まわりの人へのさりげない配慮を、しばしば感じさせられた。例えば、トラムにベビーカーで乗り込もうとしている人がいる時、まわりの人が当たり前のようにサッと手を貸す。頭をツンツンにとがらせ、顔中ピアスの強面の若者が普通に手を差し伸べている様子を見たとき、これがフィンランド人のメンタリティなんだなと強く思った。
このメンタリティは、いったいどうやって育まれたのだろうか。考えてみた。
一つは、人との距離感だ。フィンランドは全人口が550万人、首都ヘルシンキでも65万人だから、東京だけで1300万人を超えている日本とは人との距離感がまったくちがう。旅行中のヘルシンキの街で、知り合い同士が出会って挨拶を交わし合う場面をしばしば目にした。そういう親密さを生む距離の近さがあるのだ。人が少ないから、通勤地獄などのストレスに満ちた光景に出会うこともなかった。フィンランドの人たちには、ベビーカー論争のような、電車にベビーカーで乗り込むことの是非をめぐる議論など、環境的にも心情的にも想像がつかないのではないかと思う。
さらにフィンランド人のメンタリティにつながるものとして、生活を楽しめるゆとりがある。残業はほとんどないため、16時を過ぎれば退社する人たちでヘルシンキの街はあふれていた。有給休暇は4週間あり、夏にまとめて夏季休暇にすることもできる。その消化率はほぼ100%だそうだ。ちなみに日本は20日が上限で、消化率は50%という働きぶりだ。
競争社会かどうか、という点もフィンランド人のメンタリティにつながっていると思う。フィンランドは「学力世界一」の国として有名になったが、学校に詰め込み教育はなく、多様性を前提に、自分と違う価値観の人たちとどう協同していくかを学んでいる。
フィンランド人のメンタリティを語る時、厳しい冬の寒さを共に乗り越えなければならないという自然環境が生み出す文化的な背景に触れているものを目にするが、それとともに、社会のシステムが大きく寄与しているに違いないと私は思う。フィンランドは、2019年の「世界幸福度ランキング」で、2年連続で1位になった国だ。生きていて幸せと感じる人が多いということだ。本当に羨ましいと思う。ぜひ現地を訪れて、その姿に接してみて欲しいと、フィンランド・ファンとなっている私は思う。ちなみに、映画の舞台となったロケ地では、「Ravintola_Kamome(ラヴィントラ・カモメ=かもめ食堂)」が、実際の食堂として営業しているそうだ。

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2019-07-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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