メディアグランプリ

人間として


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記事:大村侑太郎(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「何かあったら心の中でお経を唱えなさい」
電話口で母はそう言った。
「わかった、ありがとう」
散々仕事や人生の愚痴を吐いた後、そう答えて私は電話を切った。胸に残るのは後悔。
「そういうことが聞きたいわけじゃないのに」
情けない、自分のことをそう思った。しょせん、わかってはもらえないのだと悲しくなった。
それでも言われた通りに心で唱えてみる。
何も変わらない。
何も晴れない。
その頃の私は大切なことを見失っていた。
 
私が愚痴を言う対象は多くの場合、母だった。
以前勤めていた会社では仕事柄、私は自社の人間と過ごす時間が短かった。
終業時間も遅く、職場の人間と話そうとしても時間がとれなかった。
誰かに深く話を聞いて欲しい。しかし、長時間話せる時間を持つ相手は、その時の私には母しかいなかった。
いい年齢をした男が母頼みとは……とも考えてはいたが、生活の中で溜まる不満は吐き出さなければどうしようもなかった。
 
「心の中でお経を唱えなさい、私もそうしているから」
母なりの真剣な助言であり、愛情であるとわかってはいた。
昔からそう教えられていた私は、意外と真面目にそれを実践していたと思う。
それはいつしか「祈りさえすればどうにかなる。幸運が起きて誰かが助けてくれる」という甘えを私の心に育てていた。
 
自分で立ち上がる意思があるならば甘えてもいい、今はそれが分かる。
しかし、母に愚痴をこぼしていた頃の私は甘えるだけ甘えて自分の意思が欠けていた。
初めて長期間に渡って勤められる仕事に出会えたものの、生活が安定したらしたで様々な悩みも出てきた。不安定な日々を送っていた頃には無かったものだ。
初めての環境から生まれる問題に、私は対処法がわからなかった。
 
思い返すと、その頃の私は「ウルトラマンに頼り切る人」になっていた。
ウルトラマンの作中には、しばしば「いざとなればウルトラマンが助けてくれる」と言ってやるべき努力を怠る人々が描かれている。
だけど、ウルトラマンは無条件で人間を守ってくれているわけではない。人間が、できる限りの最大限の努力をして、どうにもならない状況に陥った時に現れ、手助けしてくれる存在だ。
補足すると、私は子どものころからウルトラマンのファンだ。それにも関わらず、長い間自分で立ち上がることの大切さを忘れていた。
 
ずっと大事にしていた母の教えを否定することは恐かった。
「母さん、唱えてもどうにもならないよ」と言いたいのに言えなかった。
とっくに気が付いていたことだ。だけど、言葉に出すことで母を傷つけるのが恐かった。
しかし、変わらない状況の中でやっと私も自分で立たねばと思うようになっていった。
 
私がやったことは、できる限り会社の中で話をする人を増やすことだった。
正直に言えば恐怖もあった。それまでろくに話をしてこなかった分、話しかけて嫌な気分にさせはしないかとためらいがあった。
まずは、比較的今まで話した回数が多い人。
「すいません、少しいいですか?」
相手は私の話を真剣に聞いてくれた。
 
それから少しずつ、話をする人を増やしていった。話してみれば、皆自分と同じような悩みを抱えていることがわかった。
また、それまでほとんど話すことのなかった、取引先のお客さんとも時間があれば色々な話をするようになった。
そうしているうちに、ある時母に電話をする回数が減っていることに気が付いた。
「そういや最近愚痴をこぼしてないな」と妙に落ち着いた気持ちで思った。気が付かないうちに、良い方向に自分は変わっていたのだ。
 
「母さん、悪いけど母さんの言ってるように唱えたって……」
「わかっている、ただ本当にどうしようもない時は心に留めときなさい」
愚痴を言わなくなってしばらくした頃、思い切って私の考えを母に伝えた。
母はわかっていたのだ。祈りがそれ単体では意味を持たないことに。努力してそれでも、人生にはどうしようもない時があるから、最後の救いとして祈ることを心に留めておけと母は言いたかったのだ。
 
自分に起こる幸運や希望の呼び方は人によって違うかもしれない。私の場合、努力の末に得た希望や幸運を「ウルトラの光」と呼んでいる。ウルトラマンが「光の巨人」と呼ばれるからだ。
長年に渡る母の言葉への拘りは単純な言葉足らずで起こったものかもしれない。しかし、一番悪いのは安定した日々の中で「自分の力を尽くすこと」を忘れていた私だ。
だけど、もう大切なことを忘れることはない。自分で悩み、体感したのだから。
 
蓋を開ければ単純なことかもしれないが、光を呼ぶために人間としてできる限りの努力をすること。そうすれば、誰の心の中にもあるウルトラの光が必ず輝くことを私は信じる。
 
 
 
 
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2019-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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