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メディアグランプリ

極細のパスタ、”カペリーニ”が教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:高林忠正(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
世界的に見て、麺の発祥は中国である。
中国各地に麺の文化が育ち、日本に伝わったものがそばやうどんとなった。
また、シルクロードを通じてヨーロッパにもたらされた結果、スパゲティなどのパスタが生まれることになる。
イタリア国内のその総数は650種類にも及ぶという。
洋の東西を問わず、麺は私たちの食文化になくてはならないものとなっている。
 
 
百貨店の同僚で、イタリア料理を作るのが好きな女性がいた。
夏の日の夕刻、私を含めて男性だけ3名が、交代の休日だった彼女の自宅に招待された。
午後6時30分、最寄りの駅に着いた私たちはとりあえず「今着いた」と電話をかけた。
 
 
初めて伺う家とはいえ、駅から10分の距離である。
まっすぐに彼女の自宅を訪れるところだったが、その日はまさに猛暑日。
昼間の予熱が残っている感じで、のどが乾いていた。
私たち3人はほぼ同時に、改札脇のカフェ兼ビールバーのサインに目が留まった。
 
 
「この際、誘惑に負けたっていいよな」
軽くビールを飲もうかということで考えが一致した。
 
 
小ジョッキ1杯350ml。缶ビール一本分である。
一気に飲みきってしまった。
 
 
「及ばざるは、過ぎたるに優れリ」
のどごし良く生ビールを味わった私たちは彼女の家に向かった。
時計を見ると、ビールバーにいた時間は3分。
 
 
(少しくらいはいいよな)
ビールを飲んだせいだろうか。歩きながら余計に汗が流れ始めた。
 
 
6時45分、マンションに着いた私たたちは、チャイムを鳴らした。
 
 
「……」
通話状態に入っているのに、しばしの沈黙が流れた。
 
 
数秒後ドアが開いた。
 
 
「遅かったじゃないの」
会社で見るいつもの彼女の表情ではない。
オレたちはたまたま3分間だけビールバーに立ち寄っっただけ。
そもそも、つまみも頼まずに小ジョッキを注文しただけで来たんだぜ。
 
 
(ビールを飲んだだけだろ)と自分たちの立場を無意識のうちに弁護していた。
 
 
しかし、私たちはにらまれていた。
 
 

玄関から家の中に入ろうとした瞬間だった。
「いちばんおいしい状態で食べてもらおうと思っているのに、なんで?!」
声のトーンが会社よりも1オクターブ高かった。
初めて聞いた彼女の心の叫びだった。
 
 
「おじゃまします」
 
 
キッチンに案内された。
センスの良さそうなテーブルの上には、大盛りのグリーンサラダがあった。
サニーレタス、アスパラガス、パブリカなどが大型のボウルに盛られている。
 
 
「駅からここまで、ゆっくり歩いても10分よね」
怒りをぶつけるというよりも、やるせない思いを口にしている。
 
 
「前菜の冷製パスタの茹で上がりの時間が……」
 
 
彼女はグリーンサラダと並んで、夏に合わせて冷製のパスタを用意していた。
すでに出来上がっていたのである。
それも、日本でいう一般的なスパゲティではなく、直径0.9ミリの極細麺のカペリーニというパスタ。
日本の三輪そうめんよりも細いものだった。
 
 
通常の1.2ミリ〜1.6ミリのパスタが6分ほどで茹で上がるのに比べて、こちらは3分程度で完了する。それを水で冷やしてお皿に盛り付ける。味付けはオリーブオイルで、バジルとともに鷹の爪のような赤い香辛料もかかっている。
 
 
「駅から歩き始めて、10分で到着して、席についてまっさきに召し上がってもらうように、逆算して茹で始めたのよ」
 
 
冷製パスタから始まる料理のストーリーである。
それも彼女自身が考えたふさわしい料理を、最高の状態で私たちに用意してくれていたのである。
 
 
特に麺の場合、茹で上がった状態から秒単位で劣化が始まる。
 
 
一口だけどビールを飲んだなんて、口が裂けても言えたものではない。
 
 
私たちにとっては、このうえないイタリアン。
しかし、彼女にとっては想定外のことだった。わずかとはいえパスタが延びてしまったことが許せないのである。
 
 
会食が始まって最初の10分間、冷製パスタをみんなで完食するまで、彼女の機嫌は直らなかった。
 
 
おいしいものを食べることは、人の心を豊かにするものである。
私たちが持参したフランスのブルゴーニュのワイン、シャンピーを飲み始めたあたりから、冗舌さがもどってきた。
 
 
フランスパンを片手にチーズ、肉料理を食べながら、私たちは完全にふだんの会話に戻っていた。
 
 
なにげない会話のなかで、彼女がたまたまつぶやいた。
別に後悔からではない。
 
 
「今日は太麺のアラビアータにしようかと思ってたんだけどね」
猛暑日だったことから、2時間前に急に気が変わったとのこと。
前菜としてまっさきに冷製パスタを出そうということで、段取りと順番を変えたのである。
 
 
冷製パスタばかりではなかった。
すべての料理を、それが一番美味しく召し上がれる状態で出そうとしていた。
 
 
フランスパンも湿気のある日本の風土ということから、焼き上がって2時間以内のものを用意してくれていた。
 
 
楽しく会話をしながら、なぜか納得していた。
それは、彼女の食事の用意に対する考えと姿勢が、自身が担当する商品戦略でも同様だったからである。
 
 
常に最高の結果から片時も目をそらさないのである。
しかも結果のために、常に段取りとタイミングを気にかけていた。
 
 
食事の最後、彼女は言った。
「料理もうまくいかないことが多いけど、決して失敗じゃないのよね。すべてがフィードバックだと思っているから」
 
 
失敗は存在しない、すべてがフィードバック。
仕事でカンタンでない状況のときほど、不思議にあのときの食卓を思い出した。
そして、その都度、段取りとタイミングをいまいちど確認して取り組むようになった。
 
 
極細のパスタにまつわる思いである。

 
 
 
 

***

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2019-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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