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旅が人生を変えると思っていた、19歳のアラスカ


 
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:NK(ライティング・ゼミ特講)
 
19歳のときに出会った本があります。
 
2010年2月。
いつものように、新たな本を求め、母の本棚を物色していたときのことでした。ふと目に付いた、紙袋で覆われているタイトル不明の書籍。
おぉ、これは。母に確認すると、20歳の誕生日プレゼントにしようと思っていたやつだぁ! とのこと。そうなんだ、ありがとうね。と言って開封しつつ、紙袋の端から顔を覗かせている本に、もうすでに目はタイトルを追っていました。
「旅をする木」  星野道夫
これまでに読んできた本とは少し違う、というのが初めの印象でした。推理小説のときのような、次! 早く次を! という切羽詰まった消費欲ではなく。文を、言葉を味わいながら、ゆっくり読み進めたいと思える本でした。
彼と、アラスカと、人びとと。写真家・星野道夫というフィルターを通して語られる物語に、抵抗なく、読むほどにすぅーっと引き込まれていきました。
 
一篇読み終えたら、いったん本を閉じて。
彼の言葉を、語られる情景を想像する。
北極海の上、巨大な氷山の崩壊が、静寂の世界を裂く。
クジラの体が、ゆったりと極寒の水面を打つ……。
彼が綴る文はとても静か。
なのに、とてつもない熱量を感じる。
彼が生きたアラスカは、いったいどんなところだろうか。
私も、アラスカに行きたい。
そうしたら、何かが変わるかもしれない。
 
2010年3月。
私は、雪のちらつくアラスカ・フェアバンクス空港に降り立ちました。これから、私は何を見るんだろう。期待で胸が膨らんでいました。
このときのツアー参加者は私を含めて5人。宿泊施設に荷物を置いた後、まずセスナ機に乗り込みました。小型飛行機に、大柄なパイロットと大人5名。けたたましいエンジン音に、落ちはしないかとヒヤヒヤしました。混み合った機内でしたが、窓の外に目をやるとまるで別世界。ユーコン川が何キロも先の方まで蛇行を続け、遠くの方にはマッキンリー山がその頂だけ雲の上から覗かせていました。空の青と、川の水と、あとは、白、白、白。
 
ずいぶん遠いところへ来たんだなぁ。
……日本へ戻ったあとはどうしようか。
大学は。
みんなはもう新しい道に進んでいる。
私だけ、止まったままだ。
 
次の日、一番楽しみにしていたオーロラウォッチングがやってきました。私たちは、ガイドして下さる日本人のKさんのログハウスを訪れました。夜が更けてくると、観測用に設営されたテントの中へ移動。じっとオーロラが現れるのを待ちます。Kさんが、そろそろです。というので外へ出てみると、目の高さほどの空に、何やら薄白いものが。雲かと思ったものは目をこらすと、かすかにひらひらと揺れています。次第にそれが横に、縦に広がっていき、夜空を埋めました。嬉しくて、—20℃の痛い寒さも忘れて、ただただ無音のなか、揺れ続けるオーロラを見つめていました。
 
翌々日にはKさんと、Kさんの6歳になる息子さんS君と一緒に、フェアバンクス大学へ行きました。その日は、アラスカ全土から先住民の人びとが集まり、大学のホールで伝統舞踊を披露する大切な日でした。それぞれの民族が独自の楽器を使い、次々と発表していきます。しばらくするとS君は退屈してきたのか、みんなから見えないように、私にいたずらをし始めました。だんだんとエスカレートして、パンチにキックが飛んできます。やめてと制すると、英語で何か悪口を言ってきます。否定的な感情を抑えられなくなり、大人気なく、S君と言い合ってしまいました。
踊り手たちは終盤になると、ホールの観客たちを舞台の上に誘い、みんなで踊り始めました。民族やその他の隔たり関係なく、私以外の4人も参加し楽しそうにしていました。私は誘われていたのに、気持ちが乗らずに、ついに椅子を離れませんでした。
その日はさらに、ショックな出来事がありました。私は、このツアー中の写真を、Kさんに頼っていました。というのも、ちゃんとしたカメラを持っておらず、プロに任せておけば良いと思っていたのです。すると、ツアー後にもらえると思っていた写真は、別料金のオプションであることが分かりました。私が撮った写真といえば、画素の低い携帯電話のカメラでの数枚だけ。オーロラに至っては一枚もありません。お金もギリギリに参加していた私は、がっくりとうなだれました。
写真はあきらめよう。
 
そこから最後の2日間、現地の人たちとポットラックパーティーに参加したり、再びオーロラを見たり……。楽しいけれども、どこか気持ちが軽くならないままでした。
 
日本へ発つ朝、迎え帰り支度をしていると、KさんからCD—Rを渡されました。え? という顔をしていると、
「せっかくの旅だから。これは僕からのプレゼントです」
そこには、オーロラの写真データが入っているようでした。
「ありがとうございます……」
にこっと差し出してくれるKさんに、力なく返事をしました。
 
帰りの飛行機に乗ると、涙が出てきました。
楽しかったな。……でも、小さな男の子相手にムキになって。持ち直せずに嫌な気持ちを態度に出して、まわりに気を遣わせて、写真までいただいてしまって……。
 
「アラスカに行ったら、きっと何かが変わる」
私は、アラスカに自分を変えてもらおうとしていました。
結果、これでもかというほど、自分の未熟さ見ました。
おそらく、旅はただの一つのきっかけにすぎないのだと思います。
それ自体が私を変えてくれるのではないのでしょう。
ただ、この旅のおかげで、自分の直したい部分に気がつくことができました。
 
きっかけがあって、気づくことができたら、さて私が変わるか、変わらないか。
そうやって、自分がより良いほうへ変わっていって。
きっと人生も変わっていく。
旅をしていても、いなくても。
 
それでも、これからも私は旅をするだろうと思います。旅の途中、心が乱れそうになったら、深呼吸をして。あの19歳のアラスカを思い出して。
 
 
 
 
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2019-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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