メディアグランプリ

地域のお店とわたしたちの未来


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山本周(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ああやって、何度も聞きに来るんです、多い時は10回ぐらい」
日曜日の午後、わたしが地元店で買い物をし、会計をしようとしていた時、お店の女性店主に話かけられた。
京都市内の繁華街から地下鉄で30分ほど郊外に行った、左京区の岩倉が私の地元だ。周囲は自然も多い。そんな地域に、ここ、「ミニグリーン」というお店がある。
 
女性店主から唐突に冒頭のように言われたので、わたしは、最初、何のことかよく理解できなかった。
が、今さっき、出て行ったおばあちゃんが、ミニグリーンのドアを少し開け、
「今日は、何曜日やった?」
とその女性店主に聞いた時、合点がいった。
 
「今日は日曜日ですよ。だから営業あります、3時から。ちゃんと」
「そう、何度もごめん」
おばあちゃんはドアを閉め、すぐ隣の、昼間は定食やカラオケもやるスナックへと歩いて行った。そのスナック、日曜日は午後3時からの営業を開始する……ということは、今はまだ、開店前、である。じゃあ、さっきのおばあちゃんは、開店前のその店を見た後、今日は開店する曜日なのか、そうでないのか、ミニグリーンに10回聞きに来るということか!
 
ミニグリーンというお店は、以前、岩倉にあったスーパーに、テナントとして入っていた。店舗の広さは8畳ぐらいで、個人商店という風情だ。品揃えは、食べ物やお菓子、ジュース、生活用品から雑誌まであり、地域の人には近くて使い勝手が良かったはずだ。
が、スーパーは閉店の憂き目となる。
その後、ミニグリーンは、独立した店舗で営業を再開した。
 
わたしは、小学生の頃から、地元のお店としてミニグリーンにお世話になった。文房具などここで購入できたし、友達とおやつを買いにきたりした。だから女性店主も、よく知る仲だ。
 
「もうこの辺も、お客さん減って、お年寄りが多くなっちゃって」
店主は、おばあちゃんのことを北川さん、と呼んで、話を続けた。
彼女はわたしに、北川さんのことについて話をしたいようだった。わたしは高齢者介護関係の仕事に就いており、職業柄、もう少し話を聞いてみようと思った。
 
毎日のように店を訪れる北川のおばあちゃんに、曜日について、何度も同じことを聞かれることは別に構わない、と店主は言う。お客相手の商売だし、地域で店を構えるということはそういうことだ。
ただ、買い物の時、本人が日頃入浴できていないようで、特に頭髪が臭う。こちらもそのことは、北川さんに伝えた。洗髪をしてくれるお店もあるから行ってみたら、と勧めたのね。すると北川さんは「分かった、ありがとう」と応えてくれた。
でも全く行かないの、と店主は笑った、
 
「へルパーさんや、デイサービスの利用はされてないんでしょうかね?」
ミニグリーンの店内に、他にお客もいないし、わたしは立ち入ったことを聞いてみた。
 
「集まったらしいですよ、親族や、地域包括が。それで相談したと聞いてます」
地域包括とは、「地域包括支援センター」が正式名称で、高齢者を支援するための機能をもつ。介護に関することや、日常生活を送る上で必要な相談をすることができる。行政が社会福祉法人などに運営を委託しており、高齢者福祉の窓口となる大切な機関だ。
 
「でも、本人が拒否をしたみたい。本人もまじえた話合いだったけど、本人が怒っちゃった。気に入らなかったみたいで。北川さん、この店でも時々怒るから、私もちょっと怖くて。買い物の支払いでお財布からお金を出しにくそうにしているから、私みましょか? と聞いたの。そしたら、触らないで! と急に怒鳴られた」
 
認知症になったからといって、全ての能力が損なわれるわけではない。場合によっては、認知症になったために、より鋭敏に周囲の様子や相手の感情を受け止め、感じ取るようになる人もいる。こちら側で、物忘れや、できなくなったことを責めるような言動をとってしまうと、普通の人と同じようにプライドは傷つき、自分を守ろうとする。それが暴言や暴力となって出てしまうことがある。
 
わたしたちが店先で、こうやって立ち話をしている間、北川のおばあちゃんは、実は4回ぐらい同じ質問をしにお店を覗きに来ていた。やがて、日傘をさし、お店の前を素通りしていく姿が見えた。
 
「傘をさして、ああやって歩き出したら、もうお店に来ないの。向かっているのは、本人の自宅」そう言って、店主の表情が少し和らいだ。
 
いわゆる団塊の世代が、全て75歳以上となる2025年、認知症の人は約730万人に達すると見込まれている。現在、日本では高齢者の7人に1人が認知症だ。
数字だけ目にすると、なんだか途方もなく、手立てもないような気になる。
そもそも大きな数字のかたまりは、一見とらえどころがなく、認知症の個々人の顔は見えてこない。
 
でも、一人ひとり、住んでいる地域や、認知症の程度、これまで歩んできた人生など、実に多様でさまざまだ。その多様な個人に寄り添って地域に存在するのは、女性店主のような地元の人々である。高齢者が毎日通る道沿いで、まさにその瞬間瞬間に立ち会っているのだ。
 
図らずも、わたしは日曜の午後の昼下がり、偶然入った昔ながらの商店で、そんな光景を目にすることとなった。
 
 
 
 
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2019-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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