メディアグランプリ

「電車20分遅れの表示にあなたは何を思うか」


 
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大原亜希(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
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人はパターンに慣れる生き物である。
良くも、悪くも。
 
20代の頃、ワーキングホリデーを使ってメルボルンで暮らしていた。オーストラリア大陸の南部にある街なのだけど、「メルティングポット(人種のるつぼ)」と呼ばれるぐらい、様々な国籍の人がいる。
 
当時住んでいたのは、サウスヤワラという中心部に近い地区で、オシャレなカフェが並んでいたりマーケットがある、日本人にも人気の街。私はここから、シティの中心部にあった英語学校に、1か月ほど通っていた。
 
毎朝駅に着くと、ホームにチラホラ人がいる。朝8時と言ったら日本では通勤ラッシュのど真ん中だと思うけれど、ここオーストラリアではまだ皆さんゆっくりしている。
 
電光掲示板を見ると、「シティ行き 20分遅れ」の表示。周りの人はまったく焦る様子もなく、新聞を読んでいたりおしゃべりをしていたり。遅延をお詫びするアナウンスが聞こえることもないけれど、怒り出す人もいない。
1分遅れただけで通勤中の乗客に平謝りする、日本の電車とは大違い。
 
ここでは電車が遅れることは当たり前なのだ。
電車は当たり前のように遅れてきて、当たり前のように発車する。まるで最初からその時間が発車時間だったかのように。暮らし始めてすぐは、さすがにビックリした。
 
ところが人って面白いもので、新しいパターンに慣れる力を持っている。
時間通りに電車が来ないことを見込んで早めに家を出る。暇つぶしの小説を忘れない。掲示板を見て「20分遅れ」と出ていたら、そそくさと本を読み始める。
急いでも仕方がない。予定通りに事が進まなかったら、その時間を楽しめばいい。それは私がオーストラリアで学んだことの一つだった。
 
仕事はほどほどに頑張る。休みの日は家族や友人とゆったり過ごす。因みに人との待ち合わせは遅刻するもの。オーストラリア時間はとてもゆっくり流れていて、時間通りに進めると待ち時間が増えるだけ。
 
それぞれが無理をせずに、本能のまま、気の向くままに自由に生きていい、そんな空気があった。
 
一つの国の文化というのは民族の特性によって作られたりもするけれど、多民族国家でありとあらゆる国籍の人が暮らすこのオーストラリアでは、様々な当たり前が存在していた。自分の当たり前と違うからと言って、一つ一つ腹を立てていたら、キリが無いんだと思う。
オーストラリア人が「自由でおおらか」と言われるのも、分かる気がする。
 
そして3年間も暮らすとすっかり慣れて、「自由でおおらか」が私の身にも浸透していく。仕事は頑張り過ぎずほどほどに。休みの日はゆったりと過ごす。
日本に一時帰国するたびに、駅のエスカレーターでせわしなく人の横を駆け上がっていく人たちを眺めては、「なんでそんなに急いでるんやろう?」と、呑気に思っていた。
 
今、日本に帰国してから10年が経つ。私はすっかり新しいパターンに慣れてしまった。
 
帰国後働いたレストランでは、休憩をほとんど取れない12時間労働なんて当たり前だったし、24時に帰宅したり、休日出勤することもザラにあった。会社に求められるままに、何事も一生懸命頑張るという、新しいパターンが私の中に出来上がった。
 
「止まっている時間がもったいない」とばかりに、駅のエスカレーターを駆け上がり、「大阪行の電車 20分遅れ」の表示に、「え! 20分も遅れるの!?」と思ったりする。
オーストラリアに住んでいた時の私のおおらかさは、どこへ行っちゃったんだろうか。
 
人はパターンに慣れる生き物だ。住んでいる土地や、国や、組織、一緒にいる人に影響を受けて、そこにある当たり前に馴染んでいく。そりゃそうだ。日本に帰ってきて「仕事はほどほどにするものだ!」なんて、叫んでも仕方ない。それは生きていくための術なんだから。
 
でも私はここでふと思う。今私の中にあるパターンは、本当に環境によるものなのだろうか? 日本にも電車の待ち時間を楽しんでいる人がいるかもしれない。ほどほどに仕事をすることをモットーにしている人がいるかもしれない。ただ私が気づいていなかっただけで。
 
私は自分でパターンを選んでいる。組織でも、国でも、その場所の大多数の当たり前を、もしくは大多数だと私が思ったものを、自分のパターンにしてきたのかもしれない。
 
と、いうことは。私はその逆も選べるはずだ。例えばすごく生きていくのが楽で楽しかった、オーストラリアにいた頃のパターンを、取り戻せるんじゃないか。
 
新しい環境のパターンに慣れたからといって、それが自分にとって居心地の良いものとは限らない。そんなとき、私達は選ぶことが出来ると思う。
 
自分のパターンを壊すためのコツは、自分とは違う当たり前を持っている人に、接していることだ。例えそれが少数派に見えたとしても、自分が心地良く感じられるならそれでいいんだと思う。私は今そうやって少しずつ、自分のパターンを新しく創っている。
 
「電車20分遅れ」の表示を見て、あなたは何を思うか。
それはあなたにとって居心地の良いパターンだろうか?
 
 
 
 
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2019-09-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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