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週刊READING LIFE vol.91

アノニマスのマスクこそが、万国共通の愛想笑いかも《週刊READING LIFE 》


記事:山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
日本人の若者が、比較的自由に海外旅行へ行くことが出来る様になったのは、40年ほど前からだったと記憶している。即ち、還暦前後の私の世代が、第一世代となる訳だ。
その頃の旅行ガイドには、
『海外では、うかつに笑顔で受け答えてはいけない』
『日本人の多くは、聞き取れない・理解出来ない外国語で話し掛けられると、笑顔を返してしまうので注意しましょう』
と、注意喚起していた。
いわゆる“日本的愛想笑い”は、外国では誤解を生み易いというものだ。そして誤解というものは、往々にして想定しているよりも悪い方に向く傾向がある。
当時、日本人女性が巻き込まれる事件が、海外で多発していた。加害者の外国人男性は一様に、
「この娘が、同意したので」
と、答弁していた。
この場合の同意とは、決まって、笑顔で答えていたことを指していた。
 
1980年当時、日本人の作る笑顔のことを『オリエンタル・スマイル』と、国際的には呼ばれていた。その時代は、中国が開放路線を取り始めたばかりで、アジア諸国の中で、国際的舞台に立っていたのは、日本だけだった。
アジア代表、正確には有色人種代表だった日本人の捉えられ方は、戦前・戦中のそれと大差なかった記憶が私にはある。
1979年に渡米した際等、ロサンゼルスの街中で、首からカメラを提げ笑顔で歩いているのは日本人旅行者と相場が決まっていた。そんな分かり易い日本人は、犯罪者にとって格好の標的だったことだろう。
 
ところが私は、若い頃から偏屈な所が有り、知らない人に愛想を振ることが無かったので、幸いにも犯罪に巻き込まれることは無かった。多分、L.A.の人には、
『不愛想な日本の若造』
と、見えていたことだろう。現に、レンタカーを借りようとしたところ、沢山の車が残っているにもかかわらず、エアコンも付いていない日本の小型車しか貸してもらえなかった。まるで、
「日本人の小僧は、日本車で十分だ」
と、言わんばかりに。真夏の、L.A,でですよ!
英語を上手に話せず、愛想良く立ち振る舞えない私は、仕方なく日本車を借り、熱中症(当時はそんな言葉すら無かったが)に為りそうになりながら、観光して回っていた。
帰国後私は、ひどく日焼けした腕を見ながら、もう少し愛想良くしなければと反省したものだった。
 
私が、笑顔になれかったのは訳がある。幼少の頃から、笑顔で話し掛けてくる大人が苦手だった。何故だか解らないが、私の機嫌を取ろうとする大人の行動が、気に入らなかったからだろう。それは多分、大人になった現在なら言葉に出来るのだが、機嫌を取る為の愛想笑いには本音が無いと察していたからだろう。
子供の頃から私は、偽物、特に偽善が嫌いだった。
 
どうやら私は、根本的に愛想笑いが苦手な様だ。自分がするのも、他人にされるのも。
愛想笑いは、『機嫌を取る』他に『本音を隠す』『媚びる』といった用途で使われる。特に、意図して作った愛想笑いは、それが如実に表れるものだ。そこに在る本音といえば、私を嘲笑(あざわら)うことに他ならないと思うのだ。
 
ただ、日本人の中には、意図して愛想笑いをする・出来る人が多く居る。こちらはどちらかというと、空気を読むというか、周りに合わせておもね様としているとも思える。
その長所には、周りと不要な摩擦を起こさず、平穏に過ごそうという良い意味での日本的村社会の特徴がある。
その反面で、信頼を意図しない、または、信頼を得られない逆効果が残ってしまう。それにより、周りから良い様に使われてしまうことになる。総て、愛想笑いがもたらす誤解だ。その結果、愛想笑いをした者だけが、疲れてしまうことになる。
 
要するに、私は、嘘をつかれるのが嫌いなのだ。そして、嘘をつくことが嫌いなのだ。
なので、私は、周りに嫌われても愛想笑いをせず、本音で活き続けようと思う。
そうすれば、要らぬ誤解を生まないし、犯罪に巻き込まれるリスクも低減できることだろう。
 
日本と外国では、愛想笑いに関連して、タブー視される行動に違いがある。
日本では、人前で脚を組むことが無礼とされている。また、人前でサングラスを掛けることを嫌う傾向がある。
日本で上司や目上の人の前では、脚を組むことは御法度だ。脚を組むことは、リラックスした状態と判断されるからだ。ところが西洋では反対に、脚を組むということは、直ぐに攻撃態勢に入らない意思を示す形だそうだ。従って、初見の相手に対しては、脚を組むことが推奨されるそうだ。
自分の意思を示すには、多様な形があるものだ。
 
その点、一度注目したのだが、ある有名パフォーマンスグループEが、天皇陛下の前で唄を披露することになった。Eのリードヴォーカルは、常時サングラスを掛けていた。しかし、いくらサングラスがトレードマークだとしても、ここ日本で、陛下の前に出る時に流石にそれは無いだろうと、期待半分・興味半分で報道を観ていた。
結局、Eのヴォーカルは、日本の慣習に従いサングラスを掛けずに普段よりも正装して、陛下の前に進み出た。当たり前の話かもしれないが、私には若者がどこか権力に屈した感が有り、少々残念だった。
 
これは、日本独特の『目は口ほどにモノを言う』という諺(ことわざ)に寄るところが大きい。日本人は、ほぼ単一民族で同じ言語を共有している。その上、以心伝心という得意技を有している。
その全てが、目が作り出す表情や雰囲気で会話しているからだろう。
なので、人前でサングラスを掛ける、即ち、目の表情を隠すことは失礼な行為と取られても仕方が無いのだろう。
 
反対に西洋では、サングラスを掛けることに、さほどの躊躇いは無い。逆に要人のSP等は、視線を読まれない様に夜でもサングラスを掛けていたりする。
しかし、日本人ほどでは無いにしろ、彼等にだって以心伝心も読むべき空気もある筈だ。但し、日本人と同じく目で会話はしていない様だ。何故なら、サングラスで目を隠すことが、悪しき習慣とは為っていないからだ。
 
それでは、西洋人は相手のどこを読んでいるのだろうか。
私は多分、口元では無いかと考えている。これは、西洋人の愛想笑いも同じで、口角を上下させたり、口をへの字に曲げたり、唇を尖がらせたりすることで、会話をしているのではないだろうか。
その証拠に、昨今の新型ウイルスが蔓延する迄、西洋人がマスクを付けている姿は、まず見ることが無かったろう。実際、冬場に来日した外国人が、日本人の多くが予防の為にマスクを付けている姿を見て、
「日本人は、こんなに病人が多いのか」
と、驚いたそうだ。特にアメリカでマスクといえば、西部劇映画に出て来る悪漢が、バンダナで口元や鼻を隠す状態を指す。即ち、マスクは悪の象徴なのだ。
だから、アメリカの大統領が、マスク姿で記者団の前に現れただけで、大騒ぎになるのも納得出来ることだ。
 
この、“日本=目”“西洋=口元”の愛想笑いに関する構図は、サングラスやマスクだけに現れてはいない。
日本と西洋で、絵文字に大きな違いがあることを御存知だろうか。先ず、絵文字のバリエーションが、日本は異常に多く、外国人が感動する程だそうだ。
何故、外国では絵文字が少ないのかというと、日本人が表情の基本としている“目”を示すのが“:”しか無いかららしい。従って、外国の絵文字は、基本、横倒しなのだ。そこで、口を絵文字で表す際に、大文字のDやPを使って、バリエーションとしているのだ。
その点、日本の絵文字は、目の表記にバリエーションが多いので、驚異的に絵文字が増える傾向にあるのだ。
 
絵文字ばかりではない。
先日、テレビを観ていて感じたのだが、日本ではキャラクターも目の方がよく動く傾向にある。目で訴えているのだ。
最近、NHKで一番当たったキャラクターに“チコちゃん”が居る。永遠の5歳とされているチコちゃんだが、自分が発した問い掛けに、酔狂な答えを出す大人に対して、
「ボーっと生きてんじゃ無ぇー!!」
と、顔を真っ赤にして怒るパフォーマンスを見せる。このチコちゃんは、胴体は着ぐるみだが、頭部はCGで製作されている。
しかし、口元は味噌っ歯が特徴なだけで大した変化は無い。一方、目元は始終変化する。特に、顔を赤くして怒る時等、目から炎を吹き出す程だ。
十分に、目で会話をしているし、愛想笑いもしている。
 
もう一人、NHKには口を開けた、それも、開けっ広げたままのマスコットキャラクターが居る。1998年に登場し、愛想が良いことこの上ない“どーもくん”だ。
どーもくんの画面は、ストップモーション人形アニメ(1コマずつ人形を動かし撮影する)だ。先刻の通り、どーもくんの開け放たれた口は、一切動くことは無い。しかも、どーもくんが発する言葉は、
「どーも」
だけだ。それでいて、ちゃんと仲間とのコミュニケーションが取れているし、ファン(多くが子供)にも言いたいことが伝わってくる。それは、クリエータの力であることは間違い無い。特に、目しか変化させられないどーもくんの表情では、日本人独特の目での会話が、大いに役立っているからでもある。
そうなると、もしかしたら、どーもくんの普段の表情こそが、日本人の愛想笑いの典型なのかもしれない。
 
目で表情を作り、愛想笑いをする日本人。
口元の変化で、愛想を振りまく西洋人。
相容れなさそうな両者だが、一つだけ共用出来るものが有った。
 
インターネット上の活動家組織『アノニマス』を御存知だろう。彼等がアイコンやサムネイルとして使っているのが、白い仮面だ。
普段、仮面の役目は表情を隠すことに有ると思う。しかし、アノニマスの仮面は、笑顔で愛想を振りまいている様に感じる。
何故なら、見るからに目が笑い、口元も笑っている様に感じられる。
 
もしかしたら、不思議な集団は、愛想笑いをしながら我々に近付きつつあるのかも知れない。あの仮面は、それを象徴しているのかも。
 
ちょっと、恐ろしいことではあるが。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
現在、Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックを伝えて好評を頂いている『2020に伝えたい1964』を連載中
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する

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2020-08-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.91

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