週刊READING LIFE vol,114

「ねればねるほど……ヒィーヒッヒッヒ」《週刊READING LIFE vol.114「この記事を読むと、あなたは〇〇を好きになる!」》


2021/02/08/公開
記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「うまいっ!」
テーレッテレー♪
 
電飾の花火を背に背負い、ニカッと笑う魔女を記憶している人も多いだろう。現社名クラシエの大ヒットロングラン商品「ねるねるねるね」のCMだ。1984年に発売されたねるねるねるねは、手順通りに粉と水を混ぜていくとお菓子の色が変わってむくむく膨らむという、現代から見ても大変画期的な遊び心を持っており、爆発的な人気となった。ラムネ味やグレープ味など、お菓子としてはよくある子供向けの味なのだが、手順通りに粉と水を混ぜること、するとその過程で菓子の色と容量が目に見えて変わることが、怪しい魔術や科学実験めいていて、当時の子供心を大いにくすぐった。
 
私も子供心を大いにくすぐられた1人である。
 
発売当時の私は2歳。よく買ってもらったのは3〜4歳の頃だろうか。母の買い物について行っても、ねるねるねるねを買ってもらえる確率は低かった。お菓子は一回の買い物につき一個と決まっており、私はねるねるねるねと出会うまでは大好きなベビーチョコを選んでいた。ねるねるねるねを買うなら、ベビーチョコは諦めなければいけない。いつもお菓子売り場で散々迷い、苦しい思いをしてどちらかを諦めなければならなかった。そしてねるねるねるねは作って食べる、その一回でなくなってしまうが、ベビーチョコならチミチミ食べて残しておくことができる。いつも散々迷いつつチョコレートの魅力に抗えないのだが、時々誘惑に勝つことが出来る。そうすると、おやつの時間まで待てず、帰宅してすぐにねるねパーティーを開始するのだ。
 
まず、水や粉をこぼしてもいいように新聞を敷き、さらに小さなお盆が用意される。続いて、アルミの計量カップに1/4ほどの水を入れてもらう。
 
いざ尋常に、ねるねパーティーの始まりだ。
 
「ねるねるねるねは〜……」
 
多くの子供が、あのCMソングを口ずさみながらねるねるねるねを作ったのではなかろうか。袋の中には白プラスチックの薄っぺらいトレイと、銀色のパウチ入りの「1のこな」「2のこな」、透明な袋入りの「3のこな」、そして混ぜる用のプラスプーンが入っている。1のこなと2のこなは正体が全く分からない白い粉末で、3のこなは粉というよりカラフルなトッピングシュガーだったり飴を砕いたものだったりすることが多い。
 
「ねればねるほど〜……」
 
トレイの隅には、小さな三角の計量カップがくっついている。カップをトレイから切り離して水を注ぐと、1のこなに混ぜるのに必要な量が計れるという寸法だ。二つあるトレイの窪みの一つに1のこなと水を入れて、スプーンでぐるぐるかき回す。薄青い味噌のような固さの物体ができたら、次は2のこなだ。
 
「ヒィーヒッヒッヒ……」
 
こぼさないように、慎重に。
2のこなを入れてスプーンで混ぜると、青味噌はみるみるうちにピンクに変わっていき、どんどん膨らんでトレイの窪みから溢れ出さんばかりになる。この瞬間がたまらないのだ。CMの魔女の笑い声を真似しながら、自分が何か特別な実験をしていて不思議な薬を作っている妄想にたっぷり浸り、ぐるぐるかき回す。3のこなを隣の空いているトレイに出し、ふわふわに仕上がったピンクの錬成物をスプーンに絡め、3のこなをちょんちょんとつけて……。
 
「……うまいっ! テーレッテレー!」
 
効果音も一緒に歌うのがミソだ。
 
「ねっておいしいねるねるね〜るねっ」
 
味はなんて事はない、ラムネやガムなどによくあるお菓子の味だ。だが、正体不明の粉を自分の手で混ぜ合わせて、色が変わり膨らむという理屈の分からない反応を経てから食べるお菓子など、それまで見たことも聞いたこともなかったのだ。それだけでねるねるねるねは十分に特別で、次に食べるのが待ち遠しくなるお気に入りのお菓子の一つだった。兄も友達もねるねるねるねが好きで、誰もがCMを口ずさむことができた。お小遣いを貯めて一人一つずつ違う味のねるねを買い、色変わりの様を並べて比べてみたり、粉を入れ替えて混ぜてみたり、ねるねるねるねを通して楽しいひとときが過ごせる、そんなお菓子だった。
 
ねるねるねるねをはじめとした、自分で作るタイプのお菓子は大人気となり、多種多様な商品が売り場にずらりと並んだ。粉の上にスポイトで絵を描くと描いた絵がそのままゼリーになったり、スティックをくるくる回すと、木に木の実がなるようにスティックの先にグミ状のものができたり、小さな小さなコーンカップにチョコチューブを絞ってアイスのようにしたり、ちいさなカップケーキとトッピングのセットがあったり、次から次へと新しい商品がお菓子売り場に立ち並んだ。どれもこれもとても魅力的に見え、私はチョコベビーを諦めては新作を試し、上手くできたと喜んだり、なかなかパッケージのようにはいかないなあと落胆したりしたものだった。大人になってからも何度か一人でねるねを嗜んだこともあったのだが、もう何度も見慣れた反応を見て食べ飽きた味を口に含んでも、「テーレッテレー!」と叫び出したくなるような感動をもう一度得ることはできず、だんだんとねるねるねるねのことを忘れて行った。
 
昨年2020年の4月に緊急事態宣言が出た頃、私は久々にねるねるねるねのことを思い出した。大人は在宅ワークをし、子どもは学校や保育園に行くのを控えろと言う。幸い私の両親が子守を買って出てくれたが、外で遊べるとしても徒歩で行ける公園くらいまでで、3歳間近の子供の有り余るエネルギーと好奇心はなかなか発散しきれない。遊びのネタも尽きてきて、ジジババも時間を持て余している。手軽に取り組めて、息子が楽しめるもの、何かないかな。そんなことを考えながら仕事をしていた時に、ふと、あの「テーレッテレー♪」の効果音が思い出された。
 
「……ねるね……」
 
休憩ついでに、インターネットでねるねるねるねについて検索してみる。こうしたお菓子は私が子供の頃はサイバーお菓子もしくは科学お菓子と呼ばれていたが、今ではクラシエ社がら「知育菓子」として商標登録しているそうだ。知育菓子は、あの色の変わる様が何か体に良くない添加物を使っているのではとやっかみを受けたこともあったそうだが、あれは紫キャベツの色水が酸性値によって色が変わる性質を利用したもので、添加物の類は一切使っていないとのこと。1のこなは重曹と食紅、2のこなはクエン酸と炭酸で、どれも天然由来らしい。子供の好奇心や科学への興味を引き出す楽しい体験を提供することを目指して、知育菓子と名付けたそうだ。
 
久々に買ってみるかな、ねるねるねるね。
 
緊急事態宣下では、最低限の食品の買い出しを最低限の人数でするのが望ましいとのことで、我が家でも買い出しは夫が私のどちらかが行くことになっている。私は夫に買い出し係を申し出ると、買い物メモの一番下に「ねるねるねるね」と書き足し、近所の大型スーパーのお菓子売り場を目指した。
 
知育菓子コーナーは、私の予想を遥かに超える賑わいを見せていた。
 
「なにこれ……!!!」
 
ねるねるねるねこそ、昔とさほど変わらない姿で鎮座していたが、その隣はまるでおもちゃ売り場のようではないか。ねるねるねるね以外にも簡単なトッピングができる類のものがあればと想像していたが、華やかで立派なパッケージはどれも私のイマジネーションをやすやすと超えていた。ケーキはケーキでも、ピンクの可愛らしいクリームで色々な形のデコレーションが楽しめるらしい。クレープに、パンに、ハンバーガー、たこやき、お祭り屋台、お寿司にピザ! 俄には信じ難いバリエーションに私はしばらく立ち尽くすしか為す術がない。これ本当に全部材料が入ってて、水だけで作れるんだろうか? 対象年齢……なるほど5歳のものが多い。
 
息子が一人で作るのは無理でも、ジジババと一緒なら作れるかな。
 
私はケーキ、ハンバーガー、お祭り屋台、それから忘れてはならないねるねるねるねを選んでカゴに入れた。外出が憚られる緊急事態宣言下では、食料の買い出しですら娯楽的な意味合いを帯びる。知育菓子の一つ買うために夫から貴重な外出の機会を奪うのは気が引けて選んだラインナップだった。ひとまず休みの日に私と息子で作ってみよう。家に帰って息子に気取られないように知育菓子だけ仕事部屋に隠しておき、休みの日、ハンバーガーのセットを選んで息子に見せてみた。
 
「ゆーたん、ママと一緒にハンバーガー作ろうか」
「ハンバーガー?」
 
息子の瞳がみるみる輝いていく。
 
「ハンバーガー、くつる!」
「よーし、頑張ろう!」
 
かつて母が私にしてくれたように、テーブルに新聞を敷き、お盆を置き、その上でハンバーガーのセットを広げた。作るものはハンバーガーとポテトとジュース。外箱の作り方の説明はねるねるねるねとは比べ物にならないほど複雑な工程になっている。プラスチックのトレイも、窪みや溝がいくつもあるし、正体不明の粉が入っているであろう袋も3つどころではない。作り方を読み、袋に書かれた番号を確認し、息子にここに入れてね、と指示を出しつつ、トレイから切り離したカップで水の量を測る。混ぜて、こねて、成形して……トレイの場所が変わり、入れる粉が変わりつつもその繰り返しだった。途中で電子レンジを使って加熱する工程があり、今時だなと驚いた。息子は工程が進むにつれて飽きてきたらしく、手伝ったり、夫のところにイタズラをしにいったりしていた。
 
ハンバーガーに塗りつけるケチャップを作るために、粉と水を混ぜる。
 
「…………」
 
これ、見た目もケチャップに似てきたけど、どんな味がするんだろう。赤いからイチゴ味とかかな。好奇心に負けて、ほんの少しばかりを味見してみる。
 
紛れもないケチャップの味。
 
「…………!」
 
驚いて外箱の原材料の表記を見ると、ケチャップパウダーと確かに書いてあった。他にもジャガイモパウダーに粉末肉など、本物のハンバーガーとことごとく同じ材料が入っているではないか! ジュースもちゃんと炭酸仕様になるこだわりようだ。本物の肉、本物のポテト、本物のジュースを再現してやろうという製作側のこだわりが原材料欄の枠から滲み出ているようだ。全て本物を買って、小さく切り分ければ済むところを、わざわざ粉末にして水で混ぜて電子レンジで加熱し、ちまちまと成形する。そこに一体何の意味が……哲学的な問いを自分に投げかけたところで、夫に連れられて息子が戻ってきた。
 
「はんばーがー、できた?」
「……もうすぐできるよ」
 
作業には飽きた様子の息子だが、ハンバーガーの完成は楽しみにしているらしい。私は心に浮かんだ問いの答え探しはひとまず棚上げして、小さなハンバーガーを成形する作業に戻る。少しずつ在りし形を取り戻していくハンバーガーを、ポテトを、ジュースを見て、息子はどんどん笑顔になっていく。
 
「できた?」
「まだだよ」
「できた?」
「あとちょっと」
「できた?」
「…………できたよ」
「やったー!!!」
 
完成したばかりのペットボトルの蓋ほどの大きさのハンバーガーは、写真を撮る間もなく息子がひょいパクリと食べてしまった。
 
「ん〜!!! おいし!!!!!」
 
ニコニコしている息子の笑顔になぜか既視感を覚え、あの効果音が聞こえる。
 
ああ、そうだ。
ただただ楽しくて、好きだったんじゃないか。
 
ねるねるねるねの色が変わることの意義を考えたところで、変わるから楽しい、以外に何かあるはずもないのだ。しかし子供向けのお菓子としては、楽しいから混ぜる、それだけで十分だった。だからこのハンバーガーが本物そっくりの味になるようにこだわっていても、子供が「本物そっくり!」と喜べばそれだけでもう十分なのだ。
 
大人になってからねるねるねるねを食べて大して感動しなかったのは、私が、ただ楽しむということを忘れてしまっていたからだったのだ。
 
目の前にある、本物そっくり味のミニハンバーガーセットの残りを改めて眺めてみた。不恰好なお菓子を完成させるためのちまちました工程は、ずいぶん久しぶりに仕事以外のことに集中させてくれた。ものづくりをしたと言ってもいいくらいの体験だったかもしれない。コロナ禍で誰しもが窮屈な思いをしている中、細々とした材料や道具を揃える手間もなく、実に簡単にものづくりを楽しむことができたのだ。しかも完成したものはお菓子なので食べればなくなるし、道具も全部処分して綺麗さっぱり片付けることができる。
 
その作業そのものが、楽しかったから楽しくなかったかで答えろと言われたら、もう心は決まり切っている。
 
「楽しかったねえ、また作ろうね」
「うん!」
 
頷く息子に、次はケーキのセットを作ってみようね、と約束するのだった。
子供だけ楽しむなんて勿体なさすぎるぞ、知育菓子!

 

 

 

肝心のねるねるねるねも後日息子と一緒にトライしたのだが、息子は2のこなを混ぜて膨らむ様が少し怖かったようで、私が混ぜるのを遠巻きに眺め、一口味見をするに留まった。
 
「ゆーたんほら見て! 色が変わったよ!」
「ねればねるほど……ヒィーッヒッヒッヒ……!」
 
懸命に息子を勧誘しつつ懐かしいフレーズを口ずさむのだが、どうにも慌ただしくなるだけで、息子の心を掴むことは成功しなかった。やはりあの魔女のCMを見ていないと、テーレッテレーと言っても大した感動はないのは致し方ないのだ。それでも、大人になってから食べたどのねるねるねるねよりも、楽しく美味しく味わうことができた。
 
ねるねるねるねの楽しさは、まだしばらく私一人が独占していようと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」、取材小説「明日この時間に、湘南カフェで」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company
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2021-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol,114

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