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週刊READING LIFE vol.125

80組に1組に選ばれたあなたへ《週刊READING LIFE vol.125「本当にあった仰天エピソード」》


2021/04/26/公開
記事:花井夢乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ここを見てください。ここに心臓が一つ。そしてもう一つここにもあります。という事で双子さんということがわかります」
 
お医者さんがモノクロのエコー画像をボールペンのおしりで指して心臓の位置を示していた。丸く二回、画像の上からなぞるようにボールペンを動かしながら私の顔を見た。
お医者さんの視線の先にはぽかんと口を開けた私がいた。目の前のエコー画像は他の人の誰かのものであって、私のものではない。心のどこかでそんな風に疑っていたのかもしれない。
 
『双子? ホントに?』 と思いながらエコー画像をぼんやりと見る。
その時のお医者さんの言葉はほとんど覚えていない。町の個人病院なので何かあったときに対応ができないかもしれないので、大きな総合病院に行って欲しいと言われた。
帰りに受付の人が紹介状を私に渡しながら言った。
「おめでとうございます」
私に言ってくれているのはわかっていたけど、ピーンとこない。
「ありがとうございます」
と言った私の顔には笑顔はなかった。
初めての妊娠で双子を妊娠。双子と言われて嬉しさよりも正直、驚きと不安しかなかった。
 
 
双子と言うのは一つの卵子に一つの精子が入ってできる受精卵が、何らかの形で二つに分かれて着床する一卵性双生児と、二つの卵子にそれぞれ違う精子が入って受精し着床する二卵性双生児に分かれる。
私の場合は一卵性双生児だった。その当時、自然妊娠で一卵性双生児ができる確率は80組に1組と言われていた。そんな奇跡の妊娠を旦那さんの両親は喜んでくれた。なぜなら、自分たちの娘(旦那さんの妹)も一卵性双生児だったからだ。子どもも孫も双子と言うことで二人ともそれは喜んでくれた。
一方、私の両親は親戚の中でも双子がいなかったので私と同じように不安がっていた。
 
初めての妊娠で双子ができた私はこれから先どうなるのだろう?と考えても想像ができなかった。経験したことがない不安が胸の中を渦巻いていて、マタニティーブルーになっていた。一方で旦那さんは一回で二人も子供ができたことにとても喜んでいた。私のナーバスになった気持ちを置き去りにしているようにも見えた。
私は旦那さんのそんな態度がとっても腹が立って仕方なかった。
「私はこんなに不安なのに、あなたは何もわかってくれない」毎日、半ば八つ当たりのような態度で過ごしていた。
 
 
妊娠中、とにかく言われたのが
「普通の妊娠ではないので特に注意が必要です」
と言うことだった。マタニティー雑誌を見ていると、楽しそうにヨガをやったり、スイミングをやったりする妊婦さんを見て、『あー、私は普通の妊娠さんができることもできないのだな・・・・・・』と思って諦めていた。
 
ますます自分の気持ちが落ち込んでいるのに、旦那さんは新婚旅行の計画を進めていた。嫁が「普通ではないですよ」と言われているのに、楽しそうに計画する旦那さんがまたまた腹が立って仕方なかった。
『きっと新婚旅行も諦めないといけない』と思っていた。
その頃の私はとにかくマイナス思考で何をやっても
『あー、双子を妊娠するという事は何もかも諦めることなのだ』と絶望していた。
 
でも、お医者さんは意外とあっさりと「無理にないように気を付けて行ってください」とゴーサインを出したのだ。
「え? 行っていいのですか?」とびっくりして聞き直した。
「海外だと止めますが、国内旅行ならまぁいいですよ。でも出発までの間無理のないようにしてください」と念押しされた。
諦めていたことができる! ただそれだけが嬉しくて、嬉しくて一気に明るく前向きになった。
 
妊娠7か月目という安定期に入ったタイミングで北海道へと旅立った。
初夏の北海道はちょうど気持ちのいい天候で沈んでいた私のテンションも一気に上がった。
海鮮が好きな私にとってこの時期の北海道はウニが解禁になったところだった。イクラと合わせたウニ・イクラ丼を注文して夢中で食べた。本場で食べるウニは本当に甘くて柔らかく、口の中でホワッとうま味が広がる。そこにイクラの塩気が混ざることによってお互いがお互いのいいところを引き立たせた。ウニとイクラのコンビは海鮮丼の中でも不動のツートップだと思った。北海道に滞在中、4回ウニ・イクラ丼を食べた。
「ここで食べなかったら一生後悔する」と何かに取りつかれたように夢中で食べた。
 
 
新婚旅行から帰ってきて、しばらくして体の異変に気が付いた。
両足がむくんでいた。足を振ったら『ぴちょ、ぴちょ』と音がするのではないかと思うぐらい足が水ぽい。まるで子供が雨の日に水たまりで遊んで長靴の中に水が入ってしまったようだった。
一瞬で頭の中であのお医者さんの言葉がリフレインする。
「普通の妊娠ではないのですから」
「そうだった……」
ウニとイクラの美味しさに夢中になっていたけど、体重の増量には特に気をつけるように言われていたのだった。
体重計に乗ると、ちゃんとウニとイクラの分が増えていた。
 
検診の日。
玄関で靴を履こうと思って私の足はもう入らなくなっていた。まるで象のような図太い足になっていた。旦那さんが普段履いていた野暮ったいサンダルが置いてあった。履きたくなくてもそれしかもう履けなかった。
病院でお医者さんが私の足を見て言った。
「妊娠中毒症です。すぐにでも入院してください」
検査が終わってパソコンの画面に映し出された数値を見ながら呆れた声で言われた。
妊娠中毒症とは妊娠の中期から後期にかけて主に高血圧・むくみの症状のことを言う。(今は名前が変わって妊娠高血圧症症候群と言われている)
今思えばウニとイクラなどの魚卵系は塩分も多く、高たんぱく質なため、むくみや高血圧などの症状が出やすい。それと合わせて切迫早産の兆候も見られた。双子を妊娠する人の多くは切迫早産になると聞かされていた。当然、入院と言われても仕方ない状況だった。
新婚旅行から帰ってきて10日後。私は病院での入院生活が始まった。
 
 
とにかく入院生活は安静に過ごすように言われた。切迫流産にならないように私の腕には点滴の針が刺されていて点滴を吊るしたコロコロを押しながらの生活になった。
病院から出られない生活は退屈だった。そんな生活の唯一の楽しみが食事だった。
病院食なので一日の塩分が5グラムに制限された食事だったけど味もしっかりとしておいしかった。でもそれは最初の2週間ぐらいで、だんだんと飽きてきた。
私は病院食以外の物は口にしなかった。
「食べてもいいけど、ほどほどにしてね」
看護師さんにそう言われていたけど、あのウニとイクラの一件から自分は食べ始めると止まらなくなる性分だということがよくわかっていたからだ。
一度食べ始めたら、もうそこから雪だるま式に食べてしまうと思ったら怖くて食べられない気持ちだった。
 
大部屋のほかの妊婦さんは私と同じような症状の人もいたが、双子の人はいなかった。
ここでも我慢が必要だった。
あるとき、一人の妊婦さんがパンをお皿に乗せて歩いていた。
「え? パンも食べられるの?」とびっくりした。塩分制限がかかっていた私の食事は毎回ご飯だったので他の人もみんなご飯を食べているとばかり思っていたからだ。その人はトースターで軽くパンをトーストしていた。そのトーストされたパンの香りが私の目の前を通り過ぎていく。急に目の前に出されていたご飯が味気ないものに見えた。箸も進まなくなって、だんだんとひもじい気持ちになってしまった。
『私もパンが食べたい』と心の底からそう思った。人が食べているものを見て食べたいと思う私は子どもみたいだったけど、泣きそうになっていた。パンが食べられないというだけでこんなにも泣けてくる自分が自分ではないみたいだった。
 
心の声は止まらなかった。私は看護師さんに直談判した。食べたい気持ちを爆発させた。
「もうご飯ばかり飽きました。パンを食べさせてください」
必死の形相で訴えかけた私の気迫に看護師さんも真剣に聞いてくれて
「ちょっとできるか聞いてみます」と言ってくれた。
そう優しく言ってくれた看護師さんが頼もしく、ありがたく思って嬉しかった。
 
その日の夕方、看護師さんがニコニコして私のところに来て言ってくれた。
「明日からパン食べられますよ。でも、無塩パンというパンがあって、それなら出せるってことでした」と言われた私は
「食べます。無塩でもいいです。パン食べたいです」と即答で答えた。
私の目はキラキラしていた。食べられないと思っていたパンが食べられることになって、一気にテンションが上がった。今でもあの時の感激は忘れられない。
 
次の日の朝。待ちに待ったパンが私のお皿に載っていた。バターロールのようなパンが二つも。見た目、無塩パンと普通のパンと何も変わらない。そばにイチゴジャムとバターが置かれていた。『両方使ってもいいの? なんて贅沢な!』と思いながらも他の人がやっているようにトーストしてジャムを塗った。香ばしい匂いに胸が躍る。口に運ぶとパンの香ばしい香りと共に久しぶりに食べた甘いジャムの強烈な甘さがガツンと口に広がっていく。
『あー、この感じ、久しぶり』ニンマリとしながら口いっぱいに頬張った。無塩パンは普通のパンよりも少しだけパサパサとした食感だったけど、塩分を制限されていた私にとってはとても美味しかった。今でも人生で3本の指に入るぐらいおいしいパンだった。
 
入院して2か月が過ぎたころ。制限がかかった入院生活も終わりが来た。
私は無事に双子の赤ちゃんを出産した。2064グラムと1734グラムの男の双子だった。最初は保育器に入っていた二人だったけど、生まれつき母親に似て食い意地があってたくさんミルクを飲んでくれた。私より2週間ほど遅れて退院した二人は他の赤ちゃんと変わりがないぐらい大きくなっていた。
お医者さんが
「双子さんで36週までおなかの中に居られたのは赤ちゃんにとっても良かったよ。お母さん、よく頑張りましたね」
と言ってくれたことが何よりもうれしかった。
その一言で我慢したことすべてが救われた感じがした。

 

 

 

私にとって妊婦生活とは『行動と食の制限がある生活』だった。普通の妊娠ではないと言われて何が何だかわからないままスタートした妊婦生活は嬉しさよりも戸惑いの方が大きかったと思う。
常に行きたい、やりたい、食べたい! の欲望と、思うようにならない体との戦いだったような気がする。
最初は腹が立って仕方なかった。周りの人に八つ当たりしたこともあった。でも、どうしたいのか? どうしてほしいのか? 周りの人に伝えるようになったらいろんな策を考えてくれた。
それは『何もわからない私では到底考え付かないことやできなかった事もたくさんあったな』と今なら分かる。
 
 
双子の妊娠は確かに普通ではなかった。これを読んでいる人で初めての妊娠で双子を授かった人もいるかもしれない。でも、80組に1組というキセキみたいな確率で双子を育てるチャンスを神様が与えたと思うとすごいことだと思わないだろうか?
子どもは自分で親を選んで生まれてくるとも言われている。
だから自信を持って欲しい。
双子を妊娠して出産した経験から声を大にして言いたい。
決して一人で抱え込まずに周りの人に自分はどうしたいのか、どうしたらいい方法がみつかるのかを聞いてみて欲しい。母親、先輩ママさん、助産師さん、お友達。出産後もずっと続く『普通ではない』を自分一人でやろうとしないで甘えて、頼ってみることも大切なのだ。
あの時の看護師さんのように最善策を考えて動いてくれる人がきっと周りにもいるはずだ。
 
 
実際に私も買い物していて一人を抱っこして、一人がベビーカーの中で泣いていた時に、買い物をしたものを運んでくれた人がいた。
「ありがとうございました。助かりました」と言うとその方は「私も育児をしていた時に助けてもらったから、お返しをしているだけ」と言ってくれた。
 
今度は私がお返しする番になった。
こんな風に思えるようになったのも80組に1組に選ばれた義務なのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
花井夢乃 はないゆめの(REIDEING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

徳島県出身。滋賀県在住。
40歳を機に本当の自分の人生を歩む決意をする。
書くことで自分自身を俯瞰で見る力をつけることに面白さを感じている。
趣味はお散歩と銭湯

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

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2021-04-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.125

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