週刊READING LIFE vol.124

車の運転から学んだこと《週刊READING LIFE vol.124「〇〇と〇〇の違い」》

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2021/04/19/公開
記事:西野順子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
昨年思い立って車の運転をはじめたが、昨秋にちょっとしたハプニングがあった。
 
買い物をしようと近くのスーパーに行き、駐車場に入ろうとしてちょっとよそ見をした時に、「ガーン」という衝撃音がした。
 
「ありゃ、何かやっちゃったかな?」と思ったが、そのまま駐車場に入って車を停めた。
 
外に出て、ふと気になってタイヤ見るとなんか変だ。
マンガでよく見るパンクの絵のように、タイヤがぺしゃん、と潰れているみたいに見える。
 
「これってもしかしてパンク? まさか……
えっと、こんな時どうしたらいいんだろう?」
はじめてのことで、ちょっとしたパニックになった。
 
「こういう時って JAF に電話していいんだろうか?
パンク修理っていくらかかるんだろう?
このまま買い物して家に帰ってから対応を考えたほうがいいんだろうか?
どうしよう?」
 
いろんな考えが頭をぐるぐる巡って迷ったが、たまたまディーラーさんの名刺を持っていたので、とりあえず電話をしてみる。
 
「駐車場に入る時に、なんかガーンって言う音がして、どうもパンクしているようにも見えるんですけど、こういう時ってどうしたらいいんですか?」
「パンク? 結構ひどいですか? もう走れないような状態ですか?」
「そう聞かれても、私にはどんな状態がひどいのかがわからないのですが……」
 
ディーラーさんも、頭をかかえたようで「とりあえず JAF に電話してください」と言われ、JAFに電話をした。
 
「パンクですね? スペアタイヤありますか?」
(え? そもそもスペアタイヤってどこに入ってるの?)
「確かなかったような気がしますが……」
 
「スペアタイヤがない場合はレッカー車でタイヤ交換できるところに行って、そこでタイヤを買っていただいて交換することになります。タイヤは実費です」
 
うわっ、結構大変なんだな、と思って、買い物を済ませて待っていると JAF の方が来てくれた。おそるおそる聞いてみる。
 
「これってパンクですよね?」
「はい、完全にバンクです」
 
やっぱりパンクなんだ。
パンクの時にどんなことをするのかと興味津々で見つめる。ポンプで凹んだタイヤに空気を入れると、すぐにシューっと音がして空気がどんどん抜けていく。
 
「ここに穴があいてますね」
と指さされたところを見ると、確かにそこから空気がシューシュー抜けているのがわかる。
「タイヤの横はもろいので、穴が開いたらもう交換しかないですね。 スペアタイヤありますか?」
 
「わからないですが、多分ないんじゃないかと」と、一応調べてもらうと車の後部からスペアタイヤが出てきた。
「おー、スペアタイヤってこんなところに入っているのか」と、魔法のように現れたタイヤをまじまじと見つめた。
 
「よかったです。立体駐車場でレッカーは大変なんですよ」
と JAFの方はほっとした表情で、タイヤを交換しはじめたが、マジシャンのような鮮やかな手際である。よく見るとスペアタイヤがあまりに小さいのでびっくりする。普通のタイヤと並べるとまるでタイヤの親子だ。
 
「こんな小さいタイヤで走って大丈夫なんですか?」
「高速道路を走ったり、急ブレーキをかけたりしなければ、 普通の道路は大丈夫です」
 
今後の参考にと思って、気になることをいろいろ聞いてみる。
「パンクした時ってどうしたらいいんですか? 」
「 JAF に電話してくださったので正解です。中には、パンク状態のままで走られる方もいらっしゃいますが」
「パンクしたままで走って大丈夫なんですか?」
「良くないです。車を傷めることになります」
「でも走れるんですね?」
「走り続けるとタイヤが外れることもあります」
「えー!! タイヤって外れて走っても大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないですよ」
「じゃあ、無理して家に帰らなくて良かったんですね」
「JAFに電話するのが正解です」
 
家に向かっていたらタイヤが外れたかもしれない、と思うと背筋がゾッとする。
「よかったー」と心から思った。
 
せっかくなので、どんな時に JAF に電話してもいいのかも聞いてみる。
結構いろいろなことで電話がかかってくるそうで、なかには
「車に猫が入ったから出してほしい」
なんて依頼もあったそうだ。
 
修理が終わった後、
「JAF アプリをダウンロードしておいた方が便利ですよ」
と言われてスマホにアプリを入れ
「支払いが振込になってますが、良かったらクレジットカードにしませんか?」
というオファーも、ハイハイと二つ返事で受ける。
 
『人は自分のピンチを助けてくれた人の言うことには聞く耳を持つ』 と聞いたことがあるが、ホントその通りだ。
 
「お仕事楽しいですか?」と最後に聞いてみる。
「楽しいばかりではないですがやっぱり感謝されるからいいですよね」
それはそうでしょう。 私にとっても彼は神様のようで、ホントに感謝の言葉しか思い浮かばない。
 
こんな小さなタイヤで大丈夫だろうか? とおっかなびっくり車に乗ったが、全く違和感も感じずに、無事に家に帰ることができた。JAFのありがたみが身にしみた。
 
「困ったときはJAF」というフレーズが、私の頭に刻み込まれた。

 

 

 

半年ほどたったつい先日、またしてもJAFにお世話になった。
 
買い物に行こうと車のエンジンをかけようと思ったら、プスンといったまま動かない。
「えっ、 どういうこと? 壊れたんだろうか?」
と何回もエンジンをかけようとしてみるが、プスップスッと言うだけだ。
「ガソリンがなくなりかけていたけど、そのせいかな?」
どうしたらいいんだろう?と思ったが、「困ったときはJAF」という言葉が閃いた。
 
JAFに電話してガソリンが切れたようだと伝える。しばらくしてJAFの方から電話があり、すぐに来てくれた。
 
「ガソリンが切れたみたいなんです。
先日乗ったときは、1/4近くは残っているようだったから大丈夫だと思ってたんです。ガソリンってしばらく乗っていなかったらなくなるもんなんですかね?」
という私の言葉に、JAFの人は怪訝そうな顔をした。
 
「ちょっと見せてもらっていいですか?」
と運転席で、エンジンをかけてみて、戻ってきてこういった。
「これはガス欠でなくて、バッテリーが上がってますね」
「バッテリーが上がる?」
私の頭の中にクエスチョンマークが飛んだ。
よく聞く言葉だが、どういう意味だろう?
 
説明によると、「バッテリーが上がる」というのは電池切れのことだそうだ。スマホの電池が切れたら使えなくなるように、車も電池がなくなると動かなくなる。でも、先日まではかかったのに、と思って聞くと、こうも説明してくれた。
 
「スマホも放っておいたら少しずつ電池がなくなっていきますよね。車もエンジンを止めた状態でも、常に少しずつ電池は使っているので、しばらく乗らずに放っておくと、電池がなくなってしまうんですよ」
確かに、今回は1ヶ月近く乗っていなかった。
 
JAFの方の話では、「ガソリン切れ」と「バッテリーが上がる」のは、かかってくる電話の多くを占めるという。やれやれ、私のような人がたくさんいると知ってちょっとほっとする。
 
また、どうやってエンジンを復活させるのかを興味深く見つめていると、まず車の前のボンネットを開けた。次にミカン箱くらいの真っ赤なボックスを地面におき、コードの先についた特大の洗濯バサミのようなものを、ボンネットを開けたところにある部品を挟む。その状態でエンジンをかけたら、ブルルルルっという音がしてエンジンがかかった。
よかった。エンジンが生き返った、とホッとする。
 
この赤いミカン箱は充電器で、スマホの充電器と同じ役割をするそうだ。車はふだんエンジンをかけている時に少しずつ充電をしているのだが、今回は1ヶ月くらいエンジンをかけなかったから、どんどん電池がなくなっていったのだという。だから、長い間乗らない場合は、1日に1時間でいいからエンジンをかけておいた方がいい、とも教えてくれた。へえ、そうなのか。全く知らなかった。これからは気をつけるようにしよう。
 
車に自分の命を預けているというのに、車が動く仕組みとか、車の構造とかには全く無頓着で、全然調べようともしなかったなあ、と反省したのだった。
 
「今はエンジンをかけて充電しています。今エンジンを切ると、またエかからなくなりますから、このまま1時間くらいかけっぱなしにしておいてくださいね」 と言って、JAFの人は帰っていった。
 
そして、1時間後、おそるおそるエンジンを切って、再びかけてみる。
ブルルルルっという音がして、無事にエンジンがかかった。無事に復活した。ああ、よかった。
 
それにしても、半年で2回も JAFにお世話になるとは思わなかった。自分のうっかり加減にも呆れるが、今回は1回目のパンクのときとは違って「困った時には JAF 」という頭があったので、どうしようかとオタオタすることもなく、すぐにJAFに電話もできた。1回目の経験が生きたのだ。いいことも、悪いことも何事も経験だ。1つ経験するたびに1つずつ知恵がつく。

 

 

 

こうやって考えてみると、本当に「知らない」と「知っている」の違いは大きい。言ってみれば0と1の違いだ。いいか悪いかは別として、トラブルも1回経験しておくと、その次に起きたときには落ち着いて対応ができるようになる。
 
このように0と1は大きく違う。では、1とその次の2の違いはどうだろう?
私は1と2の間にも大きな違いがあると思っている。
0と1が「知らない」と「知っている」の違いなら、1と2は「知っている」と「できる」の違いだ。

 

 

 

私が車の免許をとったのは学生の時で、、出雲で2週間の合宿でとった。その時は出雲旅行もできて免許も取れるなんて最高じゃん、という完全な旅行気分で行って、はじめて出雲大社に行ったり美保関へ行ったりして、楽しくていい思い出だ。
 
講習を終えて免許も無事に取れ、意気揚々と神戸に帰ってきていざ車に乗ろうとしたら大変だった。神戸の道路は広くて何車線もあるし、走っている車の数は出雲の何倍も多い。そんなの当たり前の事を全く考えもせずに、大きな道路での車線変更や右折の練習をそれほどしないままで免許を取ってしまったのだった。
 
出雲から帰ってきたその日に、横に父に乗ってもらって最寄り駅まで車を運転した私は車の多さに怖くなった。私の横に座った父は、心なしか青ざめているように見えて、
「ほらおまえ、前を見んか! あそこ! 横から人が出てくる。 もう、怖い怖い」 と叫びながら、私がカチンカチンにハンドルを握りしめて必死で運転している横で、ずっと空気ブレーキを踏み、空気ハンドルを切っていた。家に帰ってきた時、「お前、もうちょっと人のいないところで練習してから乗るんやぞ」 とほとほと疲れ果てた顔で、父は言った。
 
しかし、そのあと車の少ない場所で運転の練習をする機会はなくて、結局私はペーパードライバーとしてゴールド免許を何回も更新することになる。何年か前にも、近所に買い物くらいは行けるようになろうと、ペーパードライバー向け講習を受けたこともあるが、誰かが同乗してくれるときはいいが、どうしても一人で運転をするのが怖くて、結局運転できるようにはならなかった。
運転免許証は長い間私の身分証明書でしかなかった。

 

 

 

しかし父が亡くなり、私が運転できないと買い物にも不便になったので、私は今度こそ運転をしようと決意した。お正月休みに横浜から帰ってきた弟に乗ってもらって道路を走る。私が運転している間、以前の父と同じく、弟もずっと叫んでいた。
 
「信号が黄色になったからって、急にブレーキ踏むな! 危ないやんか」
「おいおい。そこは直進したらあかん。進入禁止のマークがあるやんか。道路標識くらいは見てくれよ」
「おい、右横から人が来てるやろ。曲がる前にはちゃんと見てくれ! もう、怖いなあ」
 
私の運転に3日間付き合ってくれた弟は、「道を曲がったら、ちゃんと横断歩道に人が来てないか確認するんやぞ」と言い残して横浜に帰っていった。
 
これからは一人で運転しないといけない。 初めて一人で近所のスーパーに行く時は本当にドキドキした。だいぶん道には慣れたが、車が多かったらどうしよう、いきなり車がエンスト起こして止まったらどうなるんだろう。どんどん不安になる中、おそるおそる出かけて行った。
 
横断歩道では5回ぐらい左右を見たし、ノロノロ運転しすぎて後ろからクラクションを鳴らされたりもしたが、なんとかスーパーマーケットの駐車場に入れることができたし、帰りもドキドキしながらも無事に家に着いた。ほーっと大きな息をつき、「よかったー。初めて一人で運転できた」とものすごく嬉しかった。
 
それから、2回、3回と回数を重ねるごとに、少しずつ運転にも慣れ、スーパーだけでなく、ちょっと遠出して美術館や動物園にも行けるようになった。今でも初めての場所に行くときはドキドキするし、慣れた道に帰ってくるまでは緊張している。 運転中は絶対に音楽を聞かないし、同乗している人には「絶対話しかけてくれるな」と言っているが、近所に行くときにドキドキすることはなくなった。
 
やっと運転を「知っている」状態から、運転が「できる」状態になってきたのだ。
 
私の場合、車の運転は「知っている」から「できる」になるまでに何年もかかった。それぐらい「知っている」と「できる」の違いは大きい。
 
私の理想は、自然に運転ができている状態、つまり息を吸って吐くように、自然体で運転しながら人と話をしたり、音楽を聴きながら運転できるようになることだ。
でも、あと何年かかることか……。

 

 

 

運転も私は相当気を使いながらしかできないが、慣れた人にとっては簡単だ。
運転に限らず、早起きでも、人前で堂々としゃべることでも、慣れて習慣になってしまうと、意識しなくても簡単にできるようになる。
 
習慣とは、無意識のうちにそのことができている状態のこと。
 
いろんな習慣を身につけたい、と思っている人は私を含め多いことだろう。
何も「知らない」状態から、「知っている」「できる」という階段を一歩ずつあがって、たどりついた先にあるのが「できている」状態だ。そして、階段を一段上るたびに、私たちはいくつもの超えなければならないハードルに出会う。
 
運転ができるようになるまでは時間がかかった。他にもいろいろできるようになりたいことはある。ゆっくりでいいので、それぞれの段階でのプロセスも楽しみながら、いろんな階段を上っていきたい。
 
 
 

□ライターズプロフィール
西野順子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神戸出身。大手電機メーカーで人材開発、労務管理、採用、システム開発等に携わる。
仕事もプライベートも充実した豊かな生活を送りたい人のライフキャリアの実現を支援している。
キャリア・コンサルタント、社会保険労務士、通訳案内士

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2021-04-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.124

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