メディアグランプリ

吐きそうなくらい仕事を辞めたかった私が今日も仕事に通う理由。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:諏訪恵(ライティングゼミ特講)
 
 
「辞めたいって冗談だよね?」
半年前、同僚との雑談を聞いていた上司に尋ねられた時、私は返事に詰まってしまった。
 
その頃の私は、毎日辞めることばかり考えていた。
毎朝通勤電車を待つホームでは吐き気と戦い、職場に着けば熱が出る。
1分1秒でも職場から離れなくて、昼休みには1人近くの公園で噴水を眺めて過ごす。
職場のストレスチェックには引っかかり、呼び出される。
「限界かもしれない」と夫にも打ち明けはじめた時だった。
 
この「辞めたい病」が発症したのは初めてではない。
本当にまだ若手の時に2回経験していた。
原因はどちらも職場の人間関係。
過去の2回を乗り切れたのは、これから結婚や出産といったライフステージの変化を見据えたときに、見通しが立てやすい安定した職業が自分にとってプラスだったから。
 
人生設計のためにも、続けなければ。
人間関係は我慢すれば何とかなる。
 
そう自分に言い聞かせて、勤続年数は10年を超えた。
その間、かつてイメージした通り結婚、出産を経て復職。
共働きのワーキングマザーとなる。
 
そんな中、再び発症した「辞めたい病」。
それは異動希望者が多い人気職場へ、望んでもいない自分が配属されたことがきっかけだった。
元々望んでいなかったのは自分のスキル、経験、性格ともにそぐわないと感じていたから。
実際配属されてからというもの「なぜ私だったのだろう?」と疑問に思うことばかりである。
頭がよく、卒がなく、ゆくゆくは管理職を目指しているであろう人たちの中で、能力が低い自分自身に嫌気がさす毎日。
忙しい職場でもあり、子供の急病や自分の流産で入院した際にはわかりやすい嫌味を言われたこともあった。
 
もっと「できる人」で、制約がない人の方が職場にとってプラスなのに、と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
私以外の誰かが仕事のミスで陰口を言われ、馬鹿にしたように笑うのを聞くたびに、他人事には思えず自分が言われているような気持ちになった。
仕事ができれば何を言っても許されるのか、という憤りもあったと思う。
 
加えて、夏は熱中症で倒れそうな暑さ、冬はコートを着ていても手がかじかむ寒さの悪環境。
あちこち蛍光灯が切れて薄暗く、埃だらけの狭い空間に人と棚がぎゅうぎゅう詰めで、椅子を引くこともままならない。
 
毎朝、会社が見えてくるたびに思うのである。
「ああ、灰色だなぁ」
 
ただ壁が古くて汚いだけじゃない。
この先30年以上、この場所で働く自分の人生への不安や虚無感がそう見せるのだ。
 
「宝くじ当たったら辞めるのにね」
なんていう同僚の軽口に「そうだね。本当、辞めちゃいたいね」と応えた私は、冗談じゃなく本当に辞めたかったのである。
 
私を呼び止めた上司はこう言った。
「辞めたらもったいないよ。真面目に考えすぎなんだよ。もっと力抜いて、毎日をこなせばいいんだよ」
 
やりがいなんて二の次、生活のために働く。
それが悪いことだとは思わない。
実際、自分自身も過去2回はそう思って乗り越えたのだから。
けれど今回は、それを受け入れたくなかった。
 
私はなぜ働くのか。
 
そう自問する時に必ず思い出すのである。
復職したばかりの頃、保育園に迎えに行くと「おかあさんだ!」と泣きながら椅子から転げ落ちてきた息子の姿。
時には泣き疲れて眠ってしまい、寝言で「おかあさん……」と呼ばれたこともあった。
そんな息子や娘が体調を崩すたび、子供の心配と同時に「休暇は足りるだろうか」「また職場に迷惑をかける」と考えてしまう自分が嫌だった。
愛犬との時間だって、限られている。
この子は必ず私より先に旅立ってしまうのに。
やりがいを持っているわけでもないこの仕事は、私が最も大切にしたい時間を犠牲にしてまでやらなければならないことなのか。
失う時間こそが「もったいない」のではないか。
 
辞めたい気持ちが膨らむ一方、勢いだけで辞められるほど若くもないし、度胸もなかった。
「もったいない」という上司の言葉も、受け入れたくないけれど、事実でもあるのだ。
安定した収入は安定した生活に繋がる。
 
家族のために、辞めることはできない。
辞めることはできないからこそ、苦しい。
逃げ場が、ない。
 
そんな状態から半年たった今。
私はやっぱり灰色の壁の、薄暗い埃だらけの会社に通っている。
 
ただ、変わったこともある。
「辞める」のを止めるのを止めた。
自分で自分を追い詰めるのを止めた。
まだ来ていない未来を決めつけるのを止めた。
 
これから続く30年、辞めることだってあるかもしれない。
これまで禁じていた「辞める」という選択肢を自分に用意したのである。
 
たったそれだけ? と思うだろうか。
けれど、たったそれだけが私の心持ちを大きく変えた。
 
今私が持っているスキルは何があるだろう。
辞めるならどんな準備が必要だろう。
そのためにはあと何年かかるだろう。
 
謙遜を取り払って、自分を客観視してみると、仕事の能力は劣るけれど、その分周りを観察していい雰囲気を作る役割を果たしていたように思う。
だからこそ人間関係に疲れやすかったともいえるが、苦手意識の塊だった部分がむしろ長所でもあったと気付くことができた。
もっと自分の長所を伸ばす訓練になるかもしれないと考え始めると、毎日にやりがいが生まれた。
 
私は今のままでも役に立っている。
未来のためにできることがある。
自己肯定感と、将来への希望を取り戻せたのである。
 
もし今、仕事を辞めたくて、でも辞められないことに苦しんでいるのなら、思い切って「辞める」許可を与えてみてほしい。
「辞める」ことを現実にするための妄想をしてみてほしい。
たったそれだけのことで、見える景色は変わってくる。
たったそれだけなのだから、誰にだってできるはず。
 
限りある人生に彩を取り戻すために。
 
 
 
 
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2019-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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