「魔法使いになりたい」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:水杉 文香(ライティング・ゼミ平日コース)
「え、なにこれ、魔法ですか?」
初めての鍼灸との出会いは、魔法にかかったような感覚だった。
身も心も、生きている世界も、すべて変わってしまったような不思議な現象に衝撃を受けて、私は鍼灸師になろうと決めた。
鍼灸に出会う前の私は、自分のことがすごく嫌いだった。特に女性であることがすごく嫌だった。毎月やってくる生理に、身も心も振り回されていた。
感情のジェットコースターみたいに、泣いたり怒ったり笑ったり、とにかく情緒不安定だった。厄介なことに、生理前はドラマチックがあふれ出してしまう。出したくなくても出てしまう、困ったドラマチックなのだ。もしそれが映画や舞台の主人公だったら、悲劇のヒロインだって良かったかも。だけど悲しいかな、現実はそうはいかない。泣いて笑って怒った挙句、
「はい、そこまで。」
そんなセリフを冷たく突きつけられる。劇画調の世界は一転し、身体は現実的な重たい痛みに襲われる。「なんだ、生理か。うう」と腰痛と腹痛の苦しみの中で正気に戻るのだ。
エンドロールの後の主人公は辻褄合わせに忙しい。ドラマチックな寸劇に巻き込んで振り回した人達にはひたすら謝り倒す。穴に入りたいくらい恥ずかしいことをいっぱいやらかしてしまった後で目の当たりにするリアルは何とも厳しい。
月一公演の一人芝居を繰り返し、上映後はその後片付けに追われ、またいつの間にか舞台に立っている。私は舞台に追われる女優のように疲れていた。言わずもがな、私は女優ではなくただのめんどくさい女なのは明白だった。全部生理のせいだ。
周囲からは理解されない、自分でも状況が理解しきれていない。なんとかしたいけれど出口がわからない。そんな状況だった。情緒不安定、もはやそれが元々の気質のものなのか、ホルモン変化によるものなのか、その区別すらできない。
自分の生きづらさが解消されないのは「自分の内面」に問題があるから、「自分の心が抱えている本当の問題」に出会えていないからだと思っていた。
鍼灸の魔法に出会ったのはそんな時だった。
毎度のことやってくる重い腹痛や吐き気に苦しんでいた時、「はりも試してみてら?」と言う同僚の紹介で「とりあえず、お腹が痛いのだけでも楽になりたい。」と、鍼灸を受けることにした。
一体何をされるのかわからないけど、とにかく痛みさえ取れれば……と藁にもすがる思いだった。
先生は優しい手つきでゆっくりと私の手首に指先を置き、脈を診て、背中を撫でてこう言った。
「だいぶ弱ってるみたいだね。ちょっとお腹を温めようね」
その時初めて、私は自分の体が冷たくなっていたことを意識した。氷みたいな手だと言われることはよくあったけど、自分にとって当たり前すぎて特別気にしたこともなかった。それに体が特別疲れているという自覚もなかった。なんとなくしんどいのにも慣れていたのもある。
「本当の自分の問題」というものに固執していたくせに、自分の体に意識を向けたことはなかったのだ。
ほんのりあったかいお灸を据えられる毎に、まるで氷が溶けるように体の緊張がするすると解けていく。痛みはすーっと引いていった。おへその周りを囲うように、小さなお灸が燃えている光景が面白い、と思うくらいの心の余裕も出てきた。お腹のあたりがほんのりポカポカしてくると、不思議と身体全体が目に見えない暖かいものに包まれているような感覚になる。とにかく安心して、気がつくとうとうとと寝てしまっていた。寝ている間に体に鍼も打たれていたが全く気がつかないくらい無痛だった。それはあっという間に終わった。
「気分はどう? では、ゆっくり起き上がって動いてみてね」
自分の形を確かめるように身体中を手で触りながら、繰り返し首をぐるぐる回したり、腰をくねくねとひねったりした。明らかに体が違うのが分かる。生まれ変わったような気分だ。関節は機械に油を差した後のように柔らかくスムーズに動いている。それどころか、まるで別の生き物に進化したようにも感じる。心なしか空も明るい。あれ? 今日ってもしかして、めっちゃいい天気じゃない?何を悩んでいたのかも忘れてしまった。
痛みが取れただけでなく、たった一時間で世界が変わって見えた。瞬きだって羽のように軽い。心地よい風が吹き抜けた後のように、心まで爽やかだった。
鍼灸に出会って、身体が変わるだけで世界が変わることを知った。「どこかにある本当の自分」ではなくて、今の自分のままで生きていける勇気が湧いてきた。しんどい生理とその前の情緒不安定も、体が変わるとノイズが消えたように静かになった。
「自分」だと思っているものは、案外ちょっとしたきっかけで変わってしまうのだと知った。
「自分」という生き物について考えて、どうしようもなく行き詰まってしまった時、鍼灸を使った身体へのアプローチは役に立つかもしれない。
こんな素敵な魔法がかけられる鍼灸師に私もなりたいと思った。
だけど、そう簡単ではなかった。魔法のように見えたのは、すべて熟練された技術と知識と経験の賜物だったからだ。魔法が使えない魔法使いは、ただの箒と杖を持った人なのと同じで、私はまだ鍼と灸を使っているだけの、ただの人だ。
いつか私も自信を持って魔法をかけられるようになりたい。
だから、初めて魔法にかかった時のときめきは、自分の中にずっと覚えておきたい。
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