メディアグランプリ

「おしゃれな人」より「センスのいい」人になるには


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:東 みわこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「あんた……、ダサいよ」
これは中学生のとき母に言われた言葉だ。
今まで服装や持ち物について何も言ってこなかった母が、ある日つぶやいた。
家庭科では被服授業が始まり、エプロンやスモックを縫うという時期があった。
 
エプロンは生地見本から選び、スモックとパジャマ制作は自分で生地を買ってきて作業した。
エプロンの生地に選んだのは、白と黒の縦ストライプ模様。見本は数センチ四方の小さいものだったから「めちゃくちゃかっこよく」見えた。
班ごとに分かれていたため、考えるのが面倒だったのか他のメンバーも私の選んだ生地にした。
 
ところが、そんなシマウマみたいな生地など、塗っているときから目がチカチカするのだ。なんとかエプロンにして班の全員が身に着けるととにかく「見た目がうるさい」。調理実習のときに着用するためであったがやがてシマウマエプロンは姿を消した。
 
次はスモック制作。母からお小遣いをもらって札幌で一番大きな店「カナリヤ」へ行く。お買い得コーナーで見つけたのは水色と黄色の小花プリント。しかも値下げされている。「かわいい」と思った。シマウマエプロンで失敗したので、今度は小さい模様でおしゃれにしたかった。
だがスモックに仕立てると完全にオバちゃんのアームカバー的な存在として異彩を放った。近所の衣料品店で500円からさらに半額シールがついていそうな勢いである。
母に生地を見せたとき、「ダサい」と言われたのだった。クラスメイトからはコメント不能な顔をされてしまった。
 
今度こそはとパジャマ制作の生地選びはがんばった。ここまでくると縫製も難しく、パターン(製図)を引くのを母に手伝ってもらった。縫い方も成績表に影響する。
「縫い目が目立たないほうがいいな」なにを血迷ったか、私はコミカルなティラノサウルスが混ざり込んだ迷彩柄風のものとカーキ色の糸を買ってきた。
母は溜息をついた。「縫ってみな」と言われたので縫ってみて私は愕然とする。
縫い目が見えない。当たり前だ。縫い目が目立たないのだから。
おまけにゴチャゴチャした細かい迷彩柄のパジャマなど着てみて落ち着くものではない。
家庭科の先生からも言われた。「なんでこの生地選んだの?」と。
それですっかり自分は「センスがない、ダサい人間」と思うようになってしまった。
 
母は銀幕の女優や映画から、イヴ・サンローランやシャネルなどのファッションを楽しむ人だったから、娘のセンスのなさをかなり嘆いていた。
 
そんなダサい感覚を引きずりながら、じゃあセンスのいい人間になろうと努力したのか? まったくしなかった。
もうダサいのは確定しているので、自分の好きな方向性でいいやと開き直ったのである。
 
大好きな昭和レトロの世界に傾倒し、当時のファッションや小物の色合わせを好んで生活に取り入れていった。センスのいい人が買っていると思って読んでいた雑誌のアンアンは卒業した。
 
そのうち、履けなくなったジーンズをリメイクしてバッグを作るとか、母に習ってマフラーを編むなどしていると、ぽつぽつ「それ、いいね」と言われるようになった。
母が亡くなった後は、教えてもらったことを形にしたくて作品制作を始めたのだが、これがヒットした。
そのころ札幌では「ハンドメイド」ブームが大きなムーブメントになりかけており、私は次々と持ち前の「ダサさ」を作品に込めていく。
個性的な色合わせ、古布を使った雑貨から消しゴムハンコ、アクセサリー作りまで手をのばし、心身にしみ込んだ「昭和レトロ」を全開にしていった。
そのときにはもう、私は「とてもセンスのいい人」と言われるようになっていた。
 
不思議だった。あれだけダサい時代を過ごしていながら、今では私はデザインの仕事をしている。
 
たぶん、ダサいからってアンアンを読み続けていたら今の自分はないだろう。
アンアンを読んでいる自分に満足して、流行の端っこをちょっと掴まえただけで「自分はセンスを磨いてる」と勘違いしていただろう。
 
私は昭和レトロの世界にどっぷり浸ることで、実はファッションの勉強をしていたのだと思う。
ファッションの歴史はとても面白い。今流行している衿や袖の形は、70年代に一度流行ったものかも知れない。
 
ここで大切なのは、「おしゃれ」になったのではなく「センスがいいと思われるようになった」ことだ。
 
実はおしゃれというのは知識と実践でちゃんと「おしゃれな人」になれる。
だから、普段ジャージの上下を着てパソコンに向かってデザイン仕事を徹夜でしていたとしても、恋人とデートするときは自分だけのドレスコードでお出かけできる。
 
だが「センス」というのは人生の生き方、モノの見方、思考の現れ、本能といった複雑なものだ。
それは暮らし方にも表れるだろうし、誰に批評されるものでもない。
確かにあの頃の私のセンスはダサかった。しかしそれはセンスが磨かれていなかっただけ。
私は「自分の好きな世界」を諦めなかった。ただそれだけなのである。
 
 
 
 
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2019-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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