メディアグランプリ

僕は侍になれるのか……


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記事:浦部光俊(ライティングゼミ・ゼミ平日コース)
 
 
「殿、ど、どうかご勘弁を……」
 
「ならん、ならん、そこに伏せぃ。戦(いくさ)に刀を忘れるとは何事ぞ。その首、余が切り落としてやるわ」
 
席につくなり、会議室から漏れ聞こえてきた声をきいて、僕は一瞬、耳を疑った。戦国時代にタイムスリップしてしまったのか……
 
落ち着け、落ち着け、目を閉じて自分にそう言い聞かせる。ゆっくりと目を開く、もう一度、会議室の方に目をやると、そこには激怒する社長と、うつむくばかりの社員たち。
 
会議でのお決まりのシーンだ。
 
「お前たち、この資料、ちゃんと魂込めて作ったのか」 社長の怒りはおさまらない。
 
きっと一生懸命作った資料に違いない。「手を抜いたつもりはないけど、社長からしたら違うんだろうな」 みんな、そんな風に思って声を出せない。こうなるともう嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
 
しかし、魂って大げさな言葉だな。ふと疑問に思った、なぜそんな言葉が使われるのか。
 
「魂」 辞書をひくと思ったよりたくさんの意味がある。
 
生きものの体の中に宿って、心の働きをつかさどると考えられるもの。古来、肉体を離れても存在し、不滅のものと信じられてきた。霊魂。たま。
 
魂の文字通りの意味だ。でも、社長がいった「魂」はこれではない。さすがの社長も幽体離脱して資料の中に入り込めとまでは求めていない。
 
さらに意味を調べると、
 
心の活力。精神。気力。それなしではそのものがありえないくらい大事なもの
 
というのがある。
 
社長の言っている意味はこれだろう。「お前ら、一所懸命やってないだろ。中身がないんだよ。形だけ作って満足してんじゃねぇ」
 
「なるほどね。でも、いまいちしっくりこないな……」 そう思いながら、さらに辞書を読み進むと、最後の意味に目が留まった。
 
≪武士の魂とされるところから≫ 刀
 
なるほど、魂とは刀も意味するのか……
 
ほかの意味よりも腑に落ちたような気がする。いや、腑に落ちるというよりも、目の前で起こっている事件、カンカンに怒っている社長と、うなだれる社員たち、この場面に一番似つかわしいもの、それは刀だ、そんな気がした。
 
僕の頭の中で、もう一度、冒頭の戦国時代のシーンがよみがえってきた。社長=侍大将、社員=配下の武士達、求められているのは命をも惜しまない侍魂。いざ出陣! というところで、「すんません、刀、忘れたっす」 なんて侍がいたら、まあ、打ち首だろう。社長が怒るのも無理もない。
 
実際のところ、命まではというのは言い過ぎだ。ただ、求められているのは仕事へ献身性であり、その精神の象徴が魂=刀ということなんだろう。そして、はっぱをかけられた社員たち、彼らは再びわき目も振らず走り出す、疲れた体に鞭打って。いつもの構図だ。
 
ふと目を移せば、キャビネットの書類整理をしている数名の女性社員たち。「はいっ!」 「おいしょ!」 なんて合いの手を入れながら重そうなファイルをリズミカルに手渡し、手渡し、どんどんと片付けていく。鼻歌まで歌ってまったく楽しそうだ。隣では、ザ・井戸端会議。旧型コンピュータを前に数人の男女がおしゃべりの花を咲かせている。「このコンピュータ、遅いんだよね」 なんて言いながらも、むしろ作動が止まっている間の会話を楽しんでいる様子。恋の花も咲いているのかもしれない。
 
侍魂、鼻歌、そして美しい花々。この対比、なんだか見覚えがあるな、なんて思っていると、昔見た映画のワンシーンがふと浮かんできた。黒澤明監督の「七人の侍」 のエンディングシーンだ。
 
田植え歌を歌いながら田植えする百姓と、それを手伝う若い娘たち。今日は夏祭りだ。いそいそと準備に勤しむ姿が日差しの中、眩しいほどた。画面が変わると、そこには、墓標代わりに立て垂れた侍たちの刀。農民たちに請われ大義に駆られた彼らは、野武士軍団と戦い、そして命を落としたのだ。
 
「ゾクゾクッ」 不意に首筋を冷たい手でつかまれたような気がした。そうだ、あの映画、最後は侍大将のこんなセリフで終わったんだった。
 
「勝ったのはわしたちではない。あの百姓たちだ」
 
「……」
 
侍魂という言葉は不思議である。訳もわからず人を突き動かす力を持っている。日本人の精神に深く刻まれているのか、その言葉を聞くと、「やらなければならない」、そして、「それは美しいことなんだ」 と思えてくるのは僕だけだろうか。最近は、侍ジャパンという表現もよく聞く。死をも恐れない⇒最後まであきらめないという意味だろうか。献身性⇒チームワークという意味もありそうだ。まるでポジティブな言葉のように繰り返されているが、よく考えてみると、背筋がうすら寒い気もする。「献身性」 が「死をも恐れない」 と結びついているのかと。
 
ふと、考え込んでしまった。僕は、侍になれるのか、いや、果たして、侍になりたいのだろうか……
 
 
 
 
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2019-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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