美しい文字が連れて行ってくれた世界
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:神保あゆ(ライティング・ゼミ平日コース)
「ママの字って、汚いよな」
習字五段の末娘が遠慮のない感想を言った。
登校1分前に
「ママ、中間テストの結果の感想をこの紙に書いて。今日提出やねん」
と紙を差し出してきた。
そこにはテスト結果を踏まえての保護者の感想を3行ほど書かねばならなかった。
「数学が他の教科より悪いですね。頑張りましょう」
のようなことを適当にパパッと書いて娘に渡すと、その文字を見て「汚い」と言うのだ。
娘に悪気はない。
「汚い」以上の感情はないのはわかっていたけれど、少なからずショックを受けたのは事実である。
娘が登校してすぐに、携帯電話を手に取りLINEでメッセージを送った。
「私もお習字習いたいのですが……」
送った相手は娘たちのお習字の先生である。
思い返せば、ずっと文字に劣等感を抱いていた。
母と祖母は、ものすごい達筆である。
特に祖母の文字は、宮内庁でお習字を教えていたという婚家の身内から習っていたということもあり、達筆過ぎて雲の上レベルの文字である。
子どもの頃、なぜに母や祖母は私にお習字を教えてくれなかったのかは謎である。
勝手に美しい文字が書けると思っていたのだろうか?
見よう見まねで覚えなさいということだったのだろうか?
「教えて欲しい」
「習いに行きたい」
と言えぬまま大学生になり、私は
「日ペンの美子ちゃん」
に連絡したのだった。
当時、雑誌の裏表紙などに「日ペンの美子ちゃん」の広告漫画が掲載されていた。
日本ペン習字研究会が実施しているボールペン習字の通信講座である。
アルバイト代を貯めて、通信講座で文字を習い始めた。
文字を美しく書くのにはルールがあった。
知らなかった。
ルール通りに書くとどんどん美しく書けるようになり、嬉しくなってきた。
アルバイト先の小料理屋さんでは、小さな黒板にママさんが毎日
「今日のおすすめ」
のお品書きを書いていた。
その「お品書き」を書かせてもらえるまでになった。
アルバイトで稼いだお金を「美しい文字」を書くことに投資し、アルバイトに還元し、時給を上げるという、個人事業主のあるべき姿を、大学生の頃からしていた私は偉い。
時は流れ、結婚し、子育てをしていく中で、いつの間にか私の文字は「我流」になってきた。
日常で美しい文字を書かねばならぬ機会は減り、そもそも文字を書くこともなくなってきた。
たまに困ったのは、結婚式やお葬式の参列者名簿に名前を書く時で、でもそれも1年に1回あるかないかのことなので、一瞬の気まずい思いも、なんとなく流れていった。
それでも、娘たちには「文字」の苦労をさせたくなかったので、お習字を習わせていたのだった。
そんな「文字」の苦労知らずな娘が私に「ママの字は汚い」と言ってきたのだ。
「日ペンの美子ちゃん」ではダメだ。
私の自主性に任せるやり方では、途中で止めたり、いつの間にか後回しにしてしまう恐れがある。
強制的に毎週先生の前で文字を書く時間を作った。
「あいうえお」のひらがなを4Bの鉛筆で書く「学童検定」からスタートした。
「四十の手習い」である。
四十の手習いを始めて3年が経った。
習い始めた当時のノートを見返すと、ものすごい癖のある文字が並んでいる。
この3年の間に
「字がきれいですね」
と褒められるようになった。
意識すると意外に文字を書く機会は多い。
私は今まで「適当に」書いていたのだ。日常の忙しさと同じく、文字にきちんと向き合わず、適当に書いてしまっていた。
大切な自分の名前でさえも適当に書いていた。
なんて失礼なことをしてきたのだろう。
自分の名前を丁寧に書くことは、自分自身を丁寧に扱うことと同じであった。
文字を美しく書くことを意識するようになってから、人生の幅が広がった。
きれいな便せんを選び、書きやすいボールペンを探し。
普段はLINEのメッセージで済ませる相手にも、わざわざ手紙で思いを伝えたりした。
紙質の良いノートを探しに梅田の蔦屋書店に行くと、きれいなノートの隣に万年筆のインクが置いてあった。
今時の万年筆は黒色と紺色だけではないのだ。
濡羽色(ぬればいろ)
今様色(いまよういろ)
苔色(こけいろ)
山吹色(やまぶきいろ)
青鈍(あおにび)
秘色(ひそく)
小豆色(あずきいろ)
弁柄色(べんがらいろ)
ため息の出るほど美しい言葉。
弁柄色の万年筆で名前を書くと、豊かな時間が広がった。
私は今、毎月二日に奈良市の喜光寺というお寺の縁日での「いろは写経」に通っている。
墨をすり、筆を持ち、一文字一文字筆を進める時間は、豊かな広がりのある時間である。
文字を美しく書く喜びを知らなければ、こんなに毎月通うことはしていなかっただろう。
美しい文字は、私を癒やしてくれる。
自分に向き合う時間を作れたことで、自分の心と身体を丁寧に扱うことも教えてくれた。
丁寧に扱ってみると、自分の周りが優しさで溢れていることも知れた。
今まで気づかなかっただけなのだ。
忙しさを言い訳に、自分の気持ちに蓋をして、丁寧に扱うことを避けてきた。
美しい文字を書くことで、立ち止まることを知り、立ち止まってみると、彩り豊かな生活がそこにはあった。
美しい文字は、私を彩り豊かな世界へと運んでくれたのだ。
あなたも今一度、丁寧にご自分のお名前を書いてみませんか?
彩り豊かな毎日への扉を開いてみませんか?
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