メディアグランプリ

クリプトメリアヤポニカ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中野(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「木の家具を作る工程の難しさは話せても、木を育てる大変さって知らないよね」
 
ふと社長がつぶやいた。
 
私たちは天然の家具を扱うインテリアショップで働いており、日常的に木と触れ合っている。「木」というのは身近な存在であり、当たり前のように近くにあるものだった。社長の言う通り、家具の造りの良さやこだわりのポイントなどは、工房を訪れたり職人さんに話を聞いたりしていたのである程度詳しいと思う。ただ、木が育つ過程を説明しろと言われると、確かにうまく説明ができない。
 
私たちのお店では商材を選ぶ際、現地まで必ず足を運び自分たちの目で見て直接聞いたものを自分たちの言葉で伝えていくということを大切にしている。そうなると、木が育つ過程も同じように知る必要がある。一本の木が育つまでの大変さや過酷さをしっかりと理解して、自分の言葉でお客様に伝えられるようにならなければ……。そんな思いから県の農林公社の方とやり取りをはじめ、近くの山の1haの土地をお借りして杉の木を育てるお手伝いをさせてもらえることになったのだ。
 
私たちが働くお店から車で1時間ほどのところにあるその山は、高速道路を使ってきたとはいえたった1時間で行けるとは思えないほど深い森が広がる場所だ。林業をやっている方以外にほとんど人が来ないそうで、途中の道は木が倒れたままになっていたり、水があふれていたり、道路は紅葉した落ち葉で一面黄色に埋め尽くされていた。
 
現地に着き実際に道具の使い方や注意点を細かく教えてもらい、「さあ、はじめよう!」と思い森の中に入ろうとしたのだが、いきなり足が止まった。
 
生い茂った草木は壁のように立ち塞がり、どこから足を踏み入れていいか分からないのだ。普段いかに整えられた道しか歩いていないのかを思い知った。道なき道を進むことは勇気がいるし、いざ勢いをつけて一歩踏み出してみても今度は複雑に絡まりあった藤のつるに足を取られそうになる。進もうと思っても全然前に進めず、序盤から自然の力強さに圧倒された。
 
私たちの活動はこの森に生えている杉の木を守り、育てること。杉の木に栄養を送るために、杉以外の全ての草木をすべて刈り払い、杉の木の枝打ちを行う。この手つかずの森を自分たちの手で切り開いていくのだ。目の前に広がる大きすぎる森を目の前にして、それは途方もなく果てしない作業に思えた。
 
しかも11月の山はすでに真冬のような気候でとても寒い。雷がなり大雨が降ったと思えばいきなり晴れ間が広がったり、雪が降ってきたり……。ころころ変わる山の天気に翻弄されっぱなしだった。作業も普段使わない筋肉を使ったせいかすぐに身体は悲鳴を上げる。たった一日だけの作業なのに、山の作業の過酷さを嫌でも感じることになった。
 
しかし、2回3回と作業を進めるにつれて、少しずつでもどんどん森がきれいになっていくのが分かった。鬱蒼とした森がスカッときれいに見渡せるようになり、枝打ちも確実にうまくなってきた。道なき道も躊躇なくずんずん進んでいけるようになった。
 
植林されてから17年ほど経つこの杉の森は、ずっと手つかずだったらしい。たまたま私達がこの森の一部を手入れさせてもらえることになったが、見渡してみると周りは手付かずのままの森が広がっている。そして日本にはこのような荒廃した山が数多くあるという。
 
かつての森林大国日本は、木材を燃料にしたり家や家具を作ったりと「木」とともに暮らしていた。その後戦後の資材不足もあり大量の杉が植林されたのだが、その後燃料が木材から石油や電気に変わり、木材は輸入に頼るように……。そうして少しずつ日本の林業は衰退していったそうだ。
 
無秩序に広がる大量の杉は今や多くの日本人を悩ませる花粉症の原因ともなっており、伐採すればいいのにという声も少なくない。しかし、杉の木を全部伐採してしまうと、今度は山の地盤が弱くなり土砂災害に繋がる可能性もある。
 
必要だからといって植えたのに、今度は邪魔だから切ろうというのは何とも自分勝手な話だと思った。杉の木が悪いのではなく、林業が衰退してしまったことが問題なのに。
 
杉の木を育ててそれを活用するメリットはたくさんある。間伐しながらしっかりと管理することで、地盤が強くなり、若木が育つことで二酸化炭素の吸収量を増やすことにもつながる。また、杉の木のあたたかなぬくもりは床材や外壁にも向いている。家具には柔かいから不向きと言われているが、圧縮することで強度を出すことも可能になった。
 
そう、杉の木は決して邪魔ものなんかじゃない。活用しようとしてないだけだ。工夫次第でいくらでも価値のあるものになるはずだ。
 
杉の森を育てる活動も今年で5年目になる。始まりは木を育てることの大変さを知るという目的で始めたのだが、今ではこの森にすっかり愛着が湧き、年々きれいになっていく杉の森を見るのが楽しみになっていた。
 
そしていつしか森を守りたいという思いが強くなってきた。
 
あとで知ったのだが、杉の木の学名は「クリプトメリアヤポニカ」
ラテン語で「隠れた日本の財産」という意味をもつ。
 
林業が活発になって森に元気が戻り、その価値を見出していつか杉の木が「本当の日本の財産に」なったら。そんな未来を夢見てこれからも森を守る活動を続けようと思う。
 
 
 
 
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2019-12-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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