第二の故郷と呼んでもいいですか
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:いしだあい ライティング・ゼミ(平日コース)
「どうして岩手へ?」
縁もゆかりもない地に住むことは、不思議なことなのだろうか。
岩手に移住してからもうすぐ9年になる。きっかけは東日本大震災だった。福島の実家が半壊になってしまったため、我が家は当時の父の単身赴任先だった盛岡市に避難した。はじめは一時的な避難のつもりだったのだけれど、震災の影響で私が解雇されて仕事がなくなってしまったことから滞在が長くなり、子どもも転入先にとてもよくなじんだことから移住を決めた。父は赴任先での勤務を終えて母とともに地元に帰っているからこちらに親戚は誰もいない。今は親子二人で生活をしている。
「はじめまして」の場所に顔を出すと、高確率で転入者であることがバレてしまう。9年経った今でも私の言葉には南東北独特の訛りがあるのだ。アクセントが少なく濁点の多い話し方なので、あっさり地元ではないことがわかってしまう。そうなると話題は自然に「どうして岩手へ?」という方向になる。
「こちらにご親戚がいるの?」 「いません」
「旦那さんのお仕事の関係?」 「いいえ、シングルです」
「学生時代に住んでいたとか?」 「いいえ、学校は地元でした」
ことごとく答えが「NO」になってしまうので気まずい空気が流れ、結局は先に書いたように実は「震災で……」と伝えることになってしまう。移住の理由を問われることは別に嫌ではないのだけれど、震災を理由にすることはなんとなくうしろめたい。
そもそも、移住するには「何かの理由」がなければいけないのだろうか。
ただ「住みたい」ということではいけないのだろうか。
なぜ、みんな移住の理由を聞きたがるのだろう?
長く住み続けていても「よそ者」扱いをされてしまうのかな、などと勘繰ってしまうことさえあった。気分的にはもうすっかり地元なのだけれど……。
私が育った福島県郡山市は転入者の多い街だった。奥州街道沿いの宿場町だったところで、明治時代には九州の旧藩士族が開拓のために入植した地でもある。今では南東北の交通の要所の一つになっていて、その立地から企業の支店や支社が多く転勤族がとにかく多い。人の出入りには寛容というか、雑多なものを好むというか、新しいもの好きな雰囲気を持つ街だ。そんな街で転入者を珍しいと思うこともなく育ってしまったからなのだろうか。私にとってはその地に住むことになった「その理由」まで知る必要はないというか、理由なんてどうでもいいことだと思ってきた。
それにしても、なぜ移住の理由を聞きたがるのだろう?そして不思議がられるのだろう?
気になって岩手の友人に尋ねてみた。すると友人は、
「なんでこんな寒い田舎に住むんだろう? って珍しいだけだよ。それとね、岩手の人は地元が大好きだからどこが気に入ったのかを聴きたいんだよね、だからそれを話すといいよ」
とアドバイスをくれた。
なるほど、そういうことか!
確かに岩手には福島よりも深い「郷土愛」があるように感じてきたのだけれど、やっと腑に落ちたように感じた。
もともと岩手は私にとって憧れの地だった。
8月に行われるさんさ踊りパレードに合わせて岩手に旅行で来たのは中学生の頃だった。盛岡駅を出るとすぐに北上川が流れていて、橋の上から見る川の清らかさと遠くに見える岩手山。この絶景に私はすっかり心を奪われてしまった。社会人になってからは毎年のように訪れては、岩手の自然や歴史に触れ、その豊かさを味わってきた。いつかはこんな街に住んでみたい! と本気で考えていたのだから、移住することには前向きな理由しかなかった。
もちろん憧れの観光地に「住む」ということは非日常だったものが日常に変わるということでもある。旅行なら数日間の貴重な体験となるはずの「冬の寒さ」も日常になる。真冬にはマイナス10度前後の冷え込みになるため寒さ対策も必要で、住宅には凍結防止のための水抜き栓というバルブが付いている。気温の低い日には夜寝る前に水抜き作業をしなければならないのだ。さらに雪の夜ともなればスキー場でしか見たことがないようなサラサラのパウダースノーが街中にも降り積もる。スコップや箒では間に合わない雪の量なので、スノーダンプと呼ばれる両手で押して雪を運ぶタイプの雪かき道具を使って車を掘り起こしてから出勤するのだ。
何かと手間がかかる冬なのだけれど「まあ仕方ないや、だってここは岩手だもの」と受け入れる懐の深さがこの街にはあるのだと思う。岩手の人は我慢強いとよく聞くけれど、耳がちぎれそうになるほど寒い冬も愛して住んでいる、そんな気がしている。
冬の寒い朝、ご近所の雪かきの音で目が覚めて「あぁ、今日は雪かきか」と落胆する私にはまだ我慢強さが足りないのかもしれないけれど、次に「どうして岩手へ?」と聞かれることがあったなら、
「大好きなこの街を第二の故郷にしようと思ったので移住しました」
と答えようと思う。
もう第二の故郷と呼んでもいいよね?
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
http://tenro-in.com/event/103274
天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら
天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
【天狼院書店へのお問い合わせ】
【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。