人間は動くようにできている
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記事:くり みえ(ライティング・ゼミ)
「これは、いよいよおかしい」
足に感じる違和感にはじめて気が付いたのはいつだったか。
痛みとも痺れとも判断のつきかねる、ぴりっとしたささいな感覚。
ほんの数秒で消えてしまうそれは、鈍った頭で感知するにはあまりにもささやかすぎた。
違和感を無視できなくなったのはそれからひと月ほどたっていただろうか。
痛い。足が痛い。
立ち上がろうとするたび、方向を変えようと少し力が入るたび、左足に鈍い痛みがはしる。特に痛みを強く感じるのは親指の付け根周辺。どこかにぶつけたようなおぼえもないし、切り傷のような痛みとも違うようだ。
いったいわたしの足に何が起こってしまったのか。
ありがたいことに元来丈夫で怪我らしい怪我もしたことがなく過ごしてきたわたしは、突然の痛みの出現におののいた。
防寒のために重ね履きしている分厚い靴下2枚をおそるおそる脱ぎ、痛みのある個所を確認してみる。
形が……違う……
これまで数十年連れ添ってきたわたしの足はこんな形ではなかったはず。
そんなに自分の足をまじまじと見たことはなかったけれど、知っている足とは明らかに違っている。
親指の付け根はこんなに外側に飛び出してはいなかった。
この骨のふくらみはいったいどこからやってきたのか。
慌てて右足の靴下2枚も脱ぎ捨て比べてみると、そちらの親指の付け根はなんとも控えめに納まっている。
そう! こちらだよ、わたしが長年慣れ親しんだ形は。
右足の形にこんなに親近感を感じたことは今までになかった。変わってしまった片方と変わらずにいてくれるもう片方。ふたつをぴたりと並べ見比べながら、その差異にとまどうばかり。
外反母趾……!?
そんなまさか。 いったいなぜ? 疑問ばかりが頭をよぎる。
つま先が細い靴などほとんど履いたことがない。
それに自慢じゃないが土踏まずを褒められたことだってあるのだ。
数年前に通っていたマッサージの先生はわたしの足の裏をもみほぐしながら「素晴らしい土踏まずですね」「これだけアーチがしっかりしていたら足のトラブルとは無縁ですよ」などとよく言っていたものだ。そのときの先生の笑顔とグッと立てた右手の親指もとても信頼できるものだったのに。
外反母趾……
おかしい。そんなはずがない。何かの間違いではないか。
信じられない気持ちで外反母趾の原因について検索すると、「ハイヒールや足に合わない靴などの外的要因」「歩き方の癖や体質」に加え、「筋力の低下」があげられていた。
「足の指を横に広げるための筋力が弱まり、足の裏のアーチがくずれることで引き起こされる」との説明を読んだとき、ハッとした。
思い当たる。ものすごく思い当たるふしがある。
思えば、職を失ってからの2カ月ほど、近所のスーパーに行く以外にはまともに外出をしていない。
それどころか、横になっている時間が長すぎて、重力に逆らって直立しようものならめまいすらおこしてしまうありさまだ。
床と並行になっているのはなんと力のいらない状態か。本当にリラックスするというのはこういうことだったのかと、新しい発見のように感じてもいた。
今までは有休も取れずに働いていたから。
次の仕事が見つかるまでのちょっとしたお休み。
面接までまだ日がある。
ゴロゴロしていられるのも今のうちだけ。
床と並行になっていることを正当化する理由は思いのほかたくさんあり、わたしは罪の意識を感じることもなく一日の多くの時間を転がって過ごした。
この自堕落な暮らしをしている間に、自慢の足の裏のアーチが人知れず消えて行っているとも知らずに……
その後の必死の検索で、骨を元通りに治すことは難しいがこれ以上悪化させず状態を緩和することはできる、ということを知り、特に用事がなくても近所を歩きまわることにした。
我が左足に取り戻さなければならない。
あの筋力を! あのアーチを!
散歩などという呑気な心持ちではない。なんとか出っ張ったあれを引っ込めてやるぞという鬼気迫った思いがわたしの歩みに速度を与えていく。
そんな切羽詰まった気持ちで歩を進めているにも関わらず、しばらくすると不思議な感覚をおぼえた。
重力に逆らわない暮らしの中で長らく忘れていたもの。
特に理由もなく気分がいいこの感じ!
体を動かすことが心理面に影響を与えるということは聞いたことがあったが、こんなにもてきめんに気持ちが晴れ晴れするとは想像していなかった。
わたしは近所を歩きはじめてすぐに自堕落な生活から脱出に成功し、ちゃんと直立している時間は増えていった。
今では無事に仕事も見つかり、毎朝満員電車に揺られつつ足の筋力を日々鍛えている。
あの出っ張りはやはり元通りとはいかないが、それでも心なしか控えめになり、痛みもすっかり影をひそめている。
やはり人間は大地を踏みしめて動くようにできている。
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