理系の文章って読みにくい《週刊READING LIFE Vol,90 今、この作家が面白い》
記事:星永俊太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
もう20年以上、理系の職場で働いているが、理系の人が書く文章って0か100だと思っている。
どういうことかと言うと、必要がある人は100%読むと思うし、必要がない人は絶対に読まないと思う。なぜなら理系の文章の一番の目的は、情報伝達だからだ。
例えば、
・製品の取扱説明書
・プログラムの動作仕様書
・通信プロトコルの規格書
といった文章だ。
この情報が必要な人にとっては、その文章が読みやすいかどうかなんて関係ない。必要なんだから読むしかないのだ。
だから、死ぬほど読みにくい文章が大量に存在する。実際、私の周り、というか私自身も
「ちくしょー、どういうことだよ、これ? あー、読みにくい、わかりにくい。あーイライラする」
と頭をバリバリ掻きむしりながら読むことが結構な確率である。
思うに、人にとって読みやすく、わかりやすく書くという概念がそもそも理系の人の頭から欠如してるんじゃないだろうか? もちろん、意識的にわかりやすく書こうとしている人も居るとは思うが、きっと少数派に違いない。
理系の文章で大事なのは、如何に正確に、不足なく、論理的に書くかだ。ここでのポイントは「過不足なく」ではなく「不足なく」という点だ。多い分には問題ない。冗長でも構わない。なぜなら情報伝達が目的だから、情報が不足さえしなければ良いのだ。人間が読みにくいかどうかは知ったことではない。
理系の文章で、もう一つ大事なのは、用語の定義をちゃんと説明することだ。書き手と読み手の認識を正しく合わせることが、情報を伝えるためには必要だ。例え、文章を読む流れを中断したとしても正しく用語が定義されていることが重要だ。
正直、理系の文章とは読みにくいものだと諦めていた。だから、天狼院書店の開催する文章講座「ライティング・ゼミ」やその上級講座である「ライターズ倶楽部」にて文章を書く際には、理系っぽさを出さないように心がけてきた。普段仕事で書く文章とは違うように書かなければならない、とさえ思っていた。文章講座では、人に読まれる文章を目指すものであり、理系の文章とは真逆の存在だったからだ。
そんな時に、本棚にあった本を手にとった。10年以上前に、奥様が実家から持ってきた本だ。
「すべてがFになる(講談社文庫)」(著:森博嗣)だった。
すでに20年以上活躍されている作家さんだが、もとN大学の助教授だった作家さんだということ、鉄道模型が趣味で広いお庭で乗り回していることくらいしか知らなかった。
なぜ今さら手にとったか?
彼の書いた「小説家という職業(集英社新書)」を読んで、衝撃を受けたからだ。
「僕は、小説が特別に好きではない。それを読むことも、書くことも、趣味にしたことはない」
「僕は最初から、金になることをしようと考えて小説を書いた。つまり、バイトである」
「思いついて3日後くらいに書き始め、さらに1週間後には書き終わっていた」
いやいや、そんなことある?
そんな風にして書き上げた小説を出版社に送ったところ返事が来て、出版する話になったらしい。しかも返事が来た頃には、すでに3冊分書き上げていたそうだ。
そんな人が書いた小説が、一体どんなものなのか?
調べたところ、デビュー作は「すべてがFになる」だが実はこれは4作目に書いた作品らしく、本当の1作目は、2番目に出版された「冷たい密室と博士たち(講談社文庫)」だそうだ。さっそく本当の1作目を入手して読み始めた。
読み始めた印象は、「すごく、理系の文章だ……」だった。理屈っぽくて、必要な言葉が短く書かれていて、華美な情景描写はない。本当に必要な言葉だけが詰まっている感覚。そして、感情よりも論理を重視したがための、淡々とした文章。
読んでいる最中の私のメモには、「長い! でも、続きが気になる」と書いてあった。長い長いと言いながら読んで、読み終わったらさっそく「すべてがFになる」を読み出していた。
森博嗣さんの小説を読んで、一番衝撃だったのが、用語の説明をしないことだ。主人公のN大学建築学科、犀川助教授の会話には専門用語やコンピュータ用語がバンバンでてくる。でも、一切説明はない。ただただ、会話が流れていく。でも、まったく置いてけぼり感はない。賢い人達の会話をそばで聞いているときに感じる「なんか、わからんけど難しい話をしてるんだろうな」って気分になるだけだ。
どうしても、すべての言葉を丁寧に説明しようとすると話が止まってしまう。そう思っていたがすべてを説明する必要はないんだ。どうしても話の流れ上、必要な言葉は会話の相手に「それってどういうこと?」って聞かせたらいいだけなんだ。
ここまでは小説の話をしてきたが、実は、森博嗣さんのエッセイもすごく良くて、ちょっと人を突き放したような、だからといって冷たいのとは違う、適度な距離感がたまらなく心地良いと感じている。気がつけば立て続けに3冊以上のエッセイを購入していた。
これは、私の周りの理系を見ていて思うことだが、理系の人間は比較的人付き合いが苦手な事が多く、人は人、自分は自分と考えて、他人との距離感を保ってることが多い気がしていて、その距離感と森博嗣さんのエッセイから感じる距離感がちょうど良いように感じる。
そして、世の中や読者に迎合しないので、耳に優しいだけのことは言っていない、と感じるのも森博嗣さんのエッセイの魅力だ。
森博嗣さんの本を読んでいると、理系の文章も悪くないんじゃないかって気がしている。
これまでは、自分の中にあるものを否定して、外にあるものを求めていた。でも、そうじゃないんだ。自分の内側にすでにあるものに気づき、認めて、磨き上げる。それこそが自分らしさを発揮することに繋がるんじゃないのかな? とそんな気がしている。
こんな風に思えたのも森博嗣さんの文章に出会えたからだ。
昔からのファンの方々からすれば、何を今さら、と言いたくもなるだろうが、私にとってはこのタイミングで出会えたことに意味があるような気がして仕方がない。そして、非常に沢山の本を書かれている方なので、まだまだたくさんの作品を読むことができるのが嬉しくて仕方がない。
□ライターズプロフィール
星永俊太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
ソフト開発のお仕事をする会社員
2018年10月から天狼院ライティング・ゼミの受講を経て、
現在ライターズ倶楽部に在籍中
心理学と創作に興味があります。
「勇気、不安、喜び」溢れた物語を書いていきます。
この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いてます。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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