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ワンオペ育児がプライスレスに感じられるようになったのは


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記事:坂東 愛(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
私は自分の育児に自信がなかった。子どもが産まれて2週間後には、1秒でも長く、子どもと離れていたいと思っていた。
 
誰もが認める手のかかる子どもだった。赤ちゃんの頃は、放っておくと何時間でも泣き続けた。抱っこひもやおんぶひもを使おうものなら、さらに号泣。ひたすら手で抱っこをするか、ベビーカーで移動するしか、泣き止ませる方法がなかった。常に手がふさがっているので、家事は一切できない。ベビーカーでは、バスや電車での移動に気を遣い、どこへも行けない。ベビーカーだけで行けるお店は限られていて、食事は惣菜や宅配に頼っていた。
 
ある冬の日、子どもが熱を出してかかった小児科で、医者にこう言われた。
「お母さんの方が心配です。体重計に乗ってください」
促されて乗った体重計に浮かんだのは「40.0」の文字だった。服を着たままだったので、実際はもっと体重が減っていたのだと思う。
 
実家は我が家から遠く、かんたんには頼れなかった。子どもを妊娠してから1歳になるまでに、夫の転勤で2回も引っ越しをし、頼れる人は1人もいない。夫は夜勤の多い仕事。しかも「育児は母親の仕事」と言ってはばからない人物だったので、永遠に頼れる気がしなかった。それでも、この日まではどうにかこうにか、1人でも頑張れていたのでまだ良かったのだ。
 
自分の激ヤセを知ったこの日から、私の黒歴史が始まった。子どもと無理やり距離を置いた。とにかく泣かせた。子どもとの1日は長い。朝6時に子どもが目を覚まし、夜8時に眠るまで。一切昼寝をしない子どもだったから、泣き声との戦いだった。必要最低限のお世話を除いては、どんなに泣いていても、耳栓をして自分の生活を優先。それまでどんなに空腹でも、1日1食が精一杯。ストレスで食べ過ぎる話を聞くたび、うらやましく思っていた。
 
家事、育児を満足にできない私は夫にバカにされ続けていた。私が少しは育児に関わるように訴えると、最後には決まってこんな言葉が返ってきた。「もし自分が死んだらどうするの?」「だったらシャツのアイロンがけしてよ!」と。
 
家事、育児のできない自分は必要のない妻、できそこないの母、価値のない人。
毎日生き延びるのがやっとの自分には、きっとこの先も人生に希望はない。
終わりの見えない育児に、私自身は生きる気力さえも失っていった。
 
だから、2度目の夫の転勤で東京に行くことが決まったとき、やりたいことを全部やって、育児を本当に楽しもうと決めた。それなのに、いざ引っ越してみると、生活を変えることはできなかったのだ。
 
東京に引っ越すと、徒歩でも行けるところに児童館があった。お金はそれなりにかかったけど、子ども同伴でエステやネイルに行ける場所もあった。子どもが産まれてすぐの、孤独やいらだち、不自由さは日に日に薄れていった。それでも、ママ友がなんの気なしに話す夫の話題に、「自分にもそんな夫がいたら」と妬んだ。よその夫は多忙でも育児に協力的なのに……という気持ちが消えることはなかった。
 
そして、人生がひっくり返る事態が起きた。夫が突然、精神に異常をきたし、警察のお世話になったのだ。
 
事件後、夫は実家に引き取られていった。最初のうちは毎日電話をかけたが、すぐに切られることが続いた。給料を手渡しでもらっていたため、私はすぐに社会復帰を考え始めた。あるときは、知り合いの紹介で、子連れで面接に行ける会社を訪問。またあるときは、子どもを連れて、起業している先輩ママに話を聞きに行き、在宅でも収入を得られる方法を教えてもらった。すべて路線バスとベビーカーで移動できる範囲で行動できたのは、東京という場所のおかげだった。
 
外出している間は機嫌がいい子どもだったので、毎日あちこちへ連れ歩くうち、泣いている時間は激減した。ちょうど言葉を話し始める時期で、花や虫を見つけると、指さしてたくさん教えてくれた。
 
子どもが何か1つ、言葉を話せるようになるたび、育児に喜びを感じる瞬間が増えていった。
夫と音信不通になってから、3週間が経っていた。
育児に理解のない夫に対して感じていたいらだちも、もうどうでもよくなりつつあった。
 
夫に対する気持ちが決定的に変化したのは、子どもとの外出中に起きた出来事だった。家中の全財産を持ち出されてしまったのだ。さすがにこのときは、夫の実家に電話した。しかし、夫は電話に出ることなく、代わりに出た義父に事の顛末を話しても、らちがあかなかった。
 
妊娠中に夫の転勤が決まってから、何度泣いたかわからないくらい、夫にはたくさん振り回されてきた。それでも以前の私は、「子どもがいるからしかたがない」と自分に言い聞かせ、あきらめようとしてきた。実際に夫がいない日々を子どもと送ってきたことで、ワンオペ育児が辛かった原因が自分の中ではっきりと浮かんできたのだ。
 
私にとって、ワンオペ育児は、頼りたい人に頼れない、わかってもらえない悲しみと怒りのかたまりだった。ともに育児をする相手がいないから、つらい。そう思っていた。けれど、いざ頼る人がいなくなってみると、必要以上に頑張らずに済んだ。今目の前にあることだけを淡々とクリアしていく達成感は、仕事やゲームとはまたちがった爽快な気分を運んできたのだ。頑張っている自分のこともやっと、認められるようになってきた。
 
突然見舞われた夫の発症で、自分は1人ではない。困っていることを打ち明けると助けてくれる人がいる。なんと恵まれているのだろうと気づけたのだ。
 
東京では、相談でき、温かく見守ってくれる地域の先輩ママたちとたくさんつながることができた。私が熱を出してしまったときも、夕食を食べさせ、夜こどもが眠るまで預かってくれたママ。子どもを保育園に預けるために、いろいろな情報を提供してくれたママ。突然の出来事に動揺している私を励まそうと、自分の通う教会のイベントに誘ってくれたママ。本当にたくさんのママにお世話になってきた。
 
私は、出産してからずっと孤独だと思っていた。
 
でも、ちがった。
本当はたくさんあったのに、自分の狭い視野で見逃してきただけだった。
 
夫と距離をおいたことで、私はとても恵まれた環境で育児ができていたのだと気づけた。そのときまで、「ワンオペ育児はつらい」と思っていたのに、短期間で「育児はプライスレス」と笑顔で言えるようになった。
 
私が経験したことは、誰にでも起こる話ではない。
でも、もし今、ワンオペ育児のつらさに悩んでいるのなら、自分の育児に対する見方はきっと変えられる。
隣の芝生ではなく、自分の庭の、青くて美しい芝生をうれしい気持ちで眺める。
ひとり親家庭になったことで、得ることのできた視点だ。
 
今でもワンオペ育児はつらく、面倒に感じる瞬間がないと言ったら、ウソになる。それでも、1日の終りに赤ちゃんの頃から変わらない子どもの寝顔を見ていると、なんとも言えない幸せな気持ちになり、明日からまた頑張ろうと思えるのだ。
 
ネガティブにとらえられるひとり親家庭だけど、実際になってみると、夫のいるワンオペ育児よりも、楽しくやっていけている。私は手を差し伸べてくれるすべてのものに感謝し、子どものいるプライスレスな毎日を大切に、愛して生きたい。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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