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3年、部屋の掃除をしなかった話


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記事:シマザキ キミコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
私は人生で3年だけ、全く部屋の掃除をしなかったことがある。
 
こう聞くと、皆さんはどんなことを感じるのだろうか?
信じられないと思う方もいれば、3年くらいなら大したことなくない?と思う人もいるかもしれない。
 
私はその頃二十歳そこそこで、毎日バイトや友人との付き合いに時間を費やし、家に帰ったらひたすら寝るだけ、という生活を繰り返していた。
親は私に対し諦めの気持ちだったのか、掃除をしない事に関して口や手を出すことはなく、完全に放置状態だった。
 
私の部屋は実家の一戸建ての二階の一番奥の部屋だった。
入り口からベッドまで、床には細い獣道のような動線があり、それ以外は書類や漫画、あるいは畳まずそのまま積み重ねられた服の山などで占領されていた。
せめてものマイルールとして、液体系のゴミと生ゴミに相当するものだけはなるべく早めに処分するようにしていた。
部屋でペットボトルが発酵して爆発することや、何かの虫が発生することは御免だったからである。
もちろん布団はベッドの上で万年床。
寝巻きも数日にあるいは一週間に一度取り替えれば良い方で、シーツの交換やカーテンの掃除などは、頭の片隅にもなかった。
 
そんな汚部屋で暮らし始めた私は恐ろしいことに、
特に不便を感じていなかったのである。
例えば、新しい服を買ってきてタグを外すのにハサミが必要になったとする。すると、私は何の苦もなく服の山の地層から前回ハサミを使った年代を割り出し、この辺りにあるにちがいない、と、おもむろに服をかき分けて難なくハサミの発掘に成功するのである。
そして、使い終わるとまたその辺りに放り投げるのだが、うっかり踏んで怪我などしないように、きちんと刃の部分は動線から遠い方を向けて、次回必要になった時にまたすぐ掘り返せるように、ここに放ったぞ、と頭にしっかり刻み込むのである。
こんなノリで、汚部屋であるにもかかわらず、私は何がどの辺りにあるのかをほぼ正確に把握し、自分がどこまでこの部屋に耐えられるのかという社会実験を行う研究者のような気分にさえなっていた。
 
それから3年ほど経ったある日、本屋さんでふと一冊の本が目に止まった。
『3日で運が良くなるそうじ力』という本である。
立ち読みでペラペラとページをめくると、掃除をすると仕事運も金運も何もかも爆上げでウハウハだお! 的な内容だったように記憶している。
(そのような内容をもっと丁寧に書いてあったはずだが詳細には覚えていない)
 
私も、さすがにそろそろ掃除などしてみるか、と思っていた矢先であったのでその本を購入し、まずは掃除をしたくなる気分を高めることにした。
これは案外功を奏し、思いのほか気分はノッて、いよいよ掃除に取り掛かる。
これだけ掃除しなかったんだから、床にはどれほどの埃が堆積しているのだろう…… と若干のワクワクを抱きながら床の発掘作業に取り掛かった。
小さな丘を作っていた洋服の山をひとまずベッドの上にどかして、漫画や書類を片付けておくためのスペースを床の上に確保する。
しかし残念ながら、期待していたような廃墟感のある埃には出会えなかった。
(3年放置してもこんなもんか……)とつまらなく思ったことはとても良く覚えている。
 
もちろん、それまでの積み重ねが手伝って、1日で作業が終わるわけがない。
おそらく3日かそこらはかかったのではないだろうか。
もちろん作業はかったるく、面白いことなんて一つもない。
それでも(今これやったら、私の仕事運は爆上げ! 明日から金運も良くなる!)とマインドコントロールのように自分に言い聞かせ、どうにかこうにか掃除を終えることができた。
 
多少、書類のゴミは出たりしたものの、もともとそれほどゴミ自体をためていたわけではないので、物を定位置に正しく仕舞って、床に掃除機をかけ拭き掃除をしただけである。
 
久しぶりにお目にかかる床はなかなかのべっぴんさんで、私は若干気を良くしていた。
(やればできるじゃん、私……)
自分の中ではちょっとした実験のつもりもあったので
(私はちゃんと社会復帰出来る、気が向けば私はいつでも本気出せるんだからね!)
というどこかのダメな漫画の主人公が平気で宣っていそうなセリフを心の片隅に抱えていた。
 
ところが物が整理されて床の見える生活を始めた途端、私は困り果てることになる。ハサミをどこへしまったのか全く思い出せないのだ。
散々、ここだろうか、あそこだろうか、と引き出しを探し回り、五分ほどもかかってからようやく(あ!ここだったのか!)とハサミに辿り着いた。
 
どういうことだ。
片付けたことによるメリットがちっともないじゃないか!
これなら片付けなかった時の方が余程効率が良かった。
 
つまり、片付けと整理整頓が私にとってはイコールで結ばれなかったのである。
片付けをしたことによって、まっとうな社会性を取り戻したような気持ちになっていたのに、てめえは引き出しに適当に物を詰め込んだだけでどこに何があるのか全く把握できていないダメ女だぜ! と持ち物たちから見放されたような気持ちになってしまった。
 
あれから20年近く経った今、私の部屋はどうなっているかというと……
 
決してめちゃくちゃ綺麗とは言えないが、そこそこには物の定位置が決められていて、どうにかこうにか社会復帰できているのではないかと思われる。
 
毎日ではないが、週に何度かは掃除機をかけ、ベッドのシーツも定期的に交換し、エアコンはきちんと業者さんに頼んでクリーニングしてもらい、実家にいた頃は一度もやったことのなかった洗濯機のくず取りも毎日きちんと行っている。
 
あの頃は何をしても自分一人が責任を負えば良かったが、今は夫と愛犬の健康を預かる立場である。
めちゃくちゃな手の抜き方をしているわけにはいかない。
もちろん、夫は私が過去にそんな汚部屋に住んでいたという恐ろしい経歴を持つことは知る由もない。
 
それでも時々、家のスペアキーを普段使わない鞄に入れたまましまってしまい、数ヶ月間の行方不明期間を経たのちに再会するという事件をやらかしては、夫に怒られたりする。
 
そんな時、私は一人あの時の汚部屋を思い出し、得体の知れない自信を胸に刻み直すのであった。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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