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ちょっぴり仕事に慣れた大人におすすめのスポーツ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ptarojr.(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
なんでもない僕が、とんでもない人々の横に立っている。そして、一つのゴールを目指して進むという。これは紛れもない事実であり、信じがたい真実だ。
 
僕がいるのは山梨県。ある鬼才が雄大な自然のロケーションをいかして設計したゴルフ場だ。そよ風が心地よいコースは毎年大きな大会が開催され、ゴルフをする人だったら憧れの地だ。僕は今、偉大なゴルフ場で名だたる経営者や経済界の人たちと肩を並べてプレーし、スコアの上ではその方々より良い結果を残している。
 
幼い頃から僕は大きな建造物が好きだった。走る車両より道となる橋の力強さや、街並みに異彩を放つ建物物の美しさに惹かれていた。進路選択のタイミングでは、医学部を目指した兄とは違う道に進みたいという願いもあり、建築の道を志した。学力において、兄は勝てる気がしなかった。
 
大学卒業後は上京して、都内の先生と呼ばれる方の設計事務所に入った。地方出身の僕は大都会でどんな仕事ができるのか期待に胸を膨らませていた。しかしながら、待っていたのはトレーシングペーパーにひたすら真っ直ぐ線を引くことだった。来る日も来る日も、線を描き続けた。今ほど高性能なCADはなく、CADの1ライセンスがびっくりするくらいの金額で販売されていたときのことだった。1年近くの月日をかけようやくまっすぐ線を描けるようになった後に待っていたのは、基準線や寸法線などを描く仕事。やっぱり線だった。もう一つ大きな僕の仕事といえば、先生を目的地まで正しい時間に最適なルートでお送りする仕事だった。運転手である。僕が師事した先生は、著名な方だったこともあり訪問先も多く、首都圏の主要道路はあっという間に覚えることができた。当時の建築家の駆け出しは薄給で、その仕事だけでは食っては行けず、現場作業のアルバイトを掛け持ちしながら実務を学んで行った。
 
あれから年月を経て、僕は独立という選択はせず企業に属した。お蔭様でさまざまな仕事を任せてもらえそれなりの役職には就いているが、建物の引き渡し日までになんとか間に合わせないといけないため、ろくに眠らない日々が続くことが多い。
 
疲れを隠しきれない僕に、社長はゴルフを誘ってくる。
「そろそろどうだ?」
 
どうだ?も何もない。刻一刻と迫る引き渡しの日の期日に焦りながら、相次ぐトラブルに怒りを抑えながら冷静に対応することで必死だ。家では妻が、久しぶりに帰宅した僕を見て愛想を尽かせている。僕はただ眠りたい。呑気にゴルフなんかやっている余裕はない。それはあなたが一番分かっているはずだ。それなのに凝りもせず、「クラブは買ったか?」「いつから始めるんだ」といつも聞いてくる。
 
さすがの僕も「無理ですよ、どこにそんな時間があるのですか?落ち着いたら始めますよ」と失礼ながら愛想なく答えた。
 
社長の答えは分かっている。
「時間は自分で作るものだ。ゴルフは良い。視野は広がるし気分転換にもなる」
 
しかし、ある日社長が続けた一言により僕はゴルフを始めることになる。
「歳をとると眠くなるんだ。若手は運転手として必要」
予想できなかった素直で人間らしい言葉だった。
 
任務としてゴルフを始めることを決めた僕は、ハイスピードで用品やウエアを揃えていった。
 
少年野球はしていたがゴルフはやったことがない。ど素人の僕は、一から教えてもらった方が良さそうだと考え、ゴルフ選びから始まり、マンツーマンで基礎からしっかり教えてくれるスクールに通うことにした。試打をして自分に合ったゴルフクラブが決まり、トレーニングが始まると思っていたが、しばらくはボールを打つことは許されず、どうして球飛ぶか、思いもよらない方向に切れるのか説明に時間が費やされた。ようやくクラブを握らせてもらったと思ったら、今度はひたすら上半身だけで打つ練習だ。足に動きを加えようなんて百万年速い!といったところだろうか。備えつけられたカメラでフォームのチェックを繰り返す。
 
全くうまくなれる気配はないが、少しでもうまくなりたいという想いで、仕事の合間をぬって練習場に通うようになった。通い始めはどこに何があるのか、どうやって機械を使うのか分からず必死だった。次第に慣れてきて、練習場で出会うメンバーの顔を覚えるようになった。視野が広がると同時に、周り人のフォームやティーショットの音が、目や耳から入ってくるようになった。気になって仕方がないが、目の前のボールを打つのは僕だ。ダフらないように、歪なスウィングにならないように、さまざまなノイズを拭いながら平常心を保つことはなかなか容易なものではない。一瞬の心の迷いがフォームの歪みに繋がり、思うようにボールが飛ばなくなる。うまく打てた時は、何にも手応えを感じることがないのに、ただボールがぐんぐん前に飛んでいく。その感覚を一回でも多く味わい、身体に覚えさせたいと思い、ひたすら心を研ぎ澄ます。
 
ゴルフはおじさんのスポーツだとまとめることなかれ。ゴルフは大人の面接の場である。
 
ゴルフには性格が表れる。正しいマナーによるスマートな行いや装いは、どれだけ知識を習得しているかを示す。知らない人と回るコースでは、トーク力が試される。スコアが伸びないときの態度は、危機が迫ったときの仕草そのものだ。この人はこういうタイプかと相手をはかり知るだけでなく、自身の態度が見られていると思えば緊張感が走る。態度が仕事と直結するのも重圧だ。トレーニングを怠ると不安感も目覚め平常心を取り戻すことが難しくなる。単純な練習をひたすら重ねる努力を惜しまない姿勢は、僕が若かりし頃いつか図面を描きたいと線を描き続けた姿と重なる。一日でも早く一人前になりたかった僕を思い出すことができる。
 
炎天下の練習を続けることで、くっきりと表れる日焼けの跡は、嘘偽りなくゴルフの練習に行っている証拠だ。あの人はどこで何をやっているか分からないと思っている妻でさえ、グローブとユニフォームの日焼けの跡をみたら納得するであろう。慣れた態度で練習場に妻を連れて行けば、安心させることができると共に、僕の緊張感を味わってもらえることができる。緊張感を共有することで、疲れて帰宅して何もしなくても許してもらえるのだ。
 
ゴルフに身体能力や学力は関係ない。開放的な自然のなかでは人は素直になり、普段は重くなってしまうことも軽やかに言うことができる。人は人を呼び、日常では出会うことができない人とプレーできるということがあるかもしれない。
 
ある程度仕事に慣れてきて人は、ゴルフを始めて欲しい。社交と修行を同時に体験することができるスポーツ。どれだけ大変でも時間と予算を工面し、ゴルフという面接を受け新人の時に感じた緊張感を味わい、自身の集中力と努力と向き合う世界に、不甲斐なさを味わうのもいいだろう。
 
 
 
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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