自分らしさの追求が自分の足を引っ張る理由
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:河村晴美(ライティング・ゼミ平日コース)
「だったら、今のままでいいじゃないですか」
そう言って、私は席を立とうとした。
すると相手は、「晴美さん、ちょっと待って」
真っ白な麻のジャケットに、夜会巻きにしたうなじ。
後ろ姿だけでも、美しさと気品が醸し出された佇まいのその女性と私は、今ホテルのティーラウンジでテーブルを挟んでお茶をしている。
けっして暇ではない月末の営業日に、こうしてお茶している訳は、先日、友人に誘われて参加した女性起業家が集う勉強会で、たまたま隣合わせになった、それだけのことなのに。
「また、お会いしましょうね」 よくある社交辞令のつもりが、その日のうちにLINEメッセージが来た。
「実は、経営に関して悩んでいることがあって。一度、仕事の相談にのっていただけませんか」
(最近やたらと増えてきたなあ。年下の経営者からの相談事が……)
最近は、組織に勤めていても、副業や複業する人が増えてきている。
以前からも、独立起業などのこの手の相談をもちかけられることは多い。
最近は、女子大学のキャリアデザイン講義でも、職業選択肢の一つとして起業について話して欲しいと講義依頼も入ってくるようになったほどだ。
(好きを仕事にするとか、夢を叶えるとか。誰だ、無責任にもほどがあるぞ、企業経営はそんなに甘いもんじゃないんだから)
心の中の小さな叫びは、顔に出さないのが大人のたしなみというものだ。私は淡々と言った。
「数多くの相談にのってきて感じることがあります。私流の相談ののり方があるですが、その方法に則って進めていいですか?
もし嫌であれば、お互いに貴重な時間を無駄にしたくないので、この時点で終わっても良いのですが、どうしますか?」
すると、その年下の女性社長は、「その方法がベストだとお思いならば、晴美さんのスタイルで進めて下さい」
そうそう、この言質をとっておかないことで、これまで何度手痛い失敗をしてきたことか。
いかにこちらが良かれと思っても、相手の言質をとっておかないと余計なお世話になってしまうのだ。
さて、今回は相手の了解も得たことだし、ここからが本当の相談だ。
目の前の女性社長は、大学を卒業し、エステティック会社へ就職。入社1年目から営業成績はトップクラス。人一倍努力し結果を出して、4年目で独立した。
独立当初は一人で行っていたが、今は3人のスタッフを雇い自分のサロンを経営しているとのこと。良いお客様に支持されて経営も順調、何よりだ。
しかしながら、悩みがあるのだという。それは、スタッフの姿勢が指示待ちであることだ。
若いスタッフ達は、女性社長がいちいち言わないと動かないため、現場を離れらない状態なのだという。行き詰っている様子は、肩を落として俯いた様子からひしひしと伝わってきた。
「事業の展望など長期的視点で経営を考える必要があるのに、その思考に時間がとれないんです。
だから、次のステージに上がっていけないのです。今のままでは、私はスタッフ3名をたべさせるために仕事をしているようなものです。これならば、一人でしていたときのほうが良かった……」
うつむき加減の美しい横顔に、私は言った。
「スタッフをマネジメントするのがあなたの仕事です。スタッフが指示待ちというのは、スタッフが悪いのではありません。あなたが逃げているからです」
「私は、晴美さんと違って強く言えません。そんなことを言ったら、私が私で無くなってしまう」
そこで私は伝えた。きっぱりと伝えた。
「自分らしさに執着する考えを捨てることですよ」
女性社長のバックからはみだしている、今月号のファッション雑誌の表紙に、「自分らしく生きる」と書かれているのを、左目ですかさず見つけて、こう付け加えた。
「脱・自分らしさ、ですよ」
傷口に追い塩を塗ってしまったかも……と思ったものの、言ってしまった後だから、どうしようも無い。
「自分らしさ」 とは、自分の中を探しても見つからない。
「自分らしさ」 とは、構造が規定するものである。
ビジネスにおける価値は、お客様が決めるのだ。
つまり、自分らしさの必要性は、お客様にとって必要なのかどうかが判断基準なのである。
その点でいうと、女性社長は着実に実績を重ねてきていることが、何よりの証拠だ。
なぜならば、けっして安くは無い価格に納得して下さる固定客がいらっしゃるのだから。
「あなたがこの仕事へ込めた思い、誇り、遣り甲斐について、スタッフと共有できていますか」
実は、様々な現場での人材育成をお手伝いして感じることがある。
それは、仕事の手順は説明するけれど、仕事の目的や理由は語られていないことが多いことだ。
現場での指導で、「どうやったら良いと思う?」 この質問は、普段の仕事でもよく交わされる。
仕事の創意工夫、改善を考えさせる質問だ。
一方、こちらはどうだろうか。
「この仕事は、我が社の理念とどうつながっているのか?」
「我が社は、何の為に存在しているのか?」
この問いで炙り出されることは何だろう。
これは、仕事の遣り甲斐であり、働く理由、自社の存在意義を問うているのだ。
この問いかけが職場で交わされている組織は強い。なぜかというと、仕事を行動ではなく目的という一段上の上位概念でとらえているからのだから。
そこで、女性社長へ伝えた。
「あなたの元で仕事をしたいと集っているスタッフなのですから、皆さん優秀なはずです。
だからこそ、あなたが込めた創業の思いについて語り、そしてスタッフと自社の価値構築について考える機会を創ってみたらいかがでしょうか。きっと、スタッフさんたちの思考にスイッチが入るはずですよ」
女性社長さんは、大きく息を吐いて言った。
「信じていなかったのは、私のほうかもしれません。私は自分らしさの追求ではなく、スタッフ3名それぞれの彼女らしさを発揮させるために、向き合ってみます」
彼女の頬は紅潮し、活き活きとした表情で語った。
1週間後にLINEが入った。
「晴美さん、御礼がしたいです。ぜひ、弊サロンでフェイシャルコースさせて下さい。肌もビジネスも予防が大切ですから」
ウインクしている絵文字がついているのが、何とも言えずにチャーミングだ。
富裕層女性のハートをわしづかみにしている秘訣は、これかもしれない。
年下に師事するのも悪くない。今度は私がマーケティングを学びにいこう。
***
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