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「本棚」が語り継ぐもの


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記事:タマひろし(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「この本借りていくね」
中学校3年生の娘が、今日も私の本を借りていった。
今回は、‘’SLEEP 最高の脳と身体をつくる睡眠の技術‘’。睡眠に関する最新の研究について書かれた本だった。
 
そんな本を読むんだね! と驚いた私に、「だって、毎日良い睡眠を取れるようになっておくって、これからの人生に大切じゃない」と娘が言った。
恐るべき14歳だなと思った。
 
この前、読んでいたのは、時間管理に関するビジネス書だった。なぜ1日が24時間しかないのかと文句を言いながら読んでいた。やりたいことをやる時間を増やしたいのだそうだ。一年前、ドラえもんのひみつ道具について真剣に語っていたのが嘘のようだ。
 
中学校に入って少し経ってから、長女との会話が増えている。
もともと仲は良かったが、会話が一気に増えたのは、彼女が私の本棚に手を伸ばすようになってからだ。
 
本棚。
本好きにとって、本棚ほど個人のこだわりが見られる場所もそうないと思う。
限られた空間の中に、どの本を足していくのか、どの本と別れを告げ、どの本を残していくのか……。
本棚の整理は、悩みであり、楽しみでもある。
机は散らかっていても、本棚だけは整っているという本好きも少なくないと思う(私も娘もこの典型だ)。
 
みなさんが、他人の本棚を初めて覗いたのはいつだろうか。
私にとっての「他人の本棚デビュー」は、小学3年生の時、母親の本棚であった。
 
幼い頃から、私は本好きだった。
小学生に入学すると、放課後は決まって図書室に向かった。図書室で何冊か本を読み、借りれるだけの本を借りて帰った。小学校に図書室があるおかげで、読んだことのない本を毎日読めることは幸せであった。ただ、気に入った本を返さなくてはならないのは切なかった。
 
小学3年生になって、私は両親から「おこづかい」をもらうようになった。毎月400円。当時の私にとっては、大金だった。
小遣いとは別に、「本代」をもらうようになった。毎月1500円。ものすごい大金だった。本代のおかげで、毎月、自分だけの本が買えるようになった。ズッコケ探偵団シリーズ、名探偵ホームズ、童話や寓話。落語、ことわざ、慣用句の本。様々な本をこの本代で買った。
 
本代システムの導入以降、少しずつ私の本が増えていった。最初は子供部屋のカラーボックスに収められていたが、やがて溢れ出してきた。家族共用の本棚に一段もらって、そこに私の本が入るようになっていった。両親の本たちとともに、私の本が並んでいくのは、自分が認められたような気持ちがして、なんとも言えず嬉しい気持ちだった。
 
ある台風の日だった。市民図書館に連れて行ってもらえない私は、朝から本に飢えていた。自分の持っている本は、どれも何度も読み返していた。これはこんな話だったとつぶやきながら、内容をあまり覚えていない本を探した。
 
自分の本が並ぶ上の段に、母の本が並んでいるのにふと気がついた。背表紙に題名も書いていない、とても薄い本が並んでいた。表紙をめくってみた。寓話集だった。
 
「イワンのばか」という、外国の物語に私は引き込まれた。文体が固く古めかしいところが少し不思議で、教訓めいたところも興味深かった。すっかり夢中になって読み終えると、隣の本に移り、またその隣の本に移った。
 
母が持っている本に、私の読めるものがある!
金脈を掘り当てたような気持ちだった。
 
母の本棚には、民話集・寓話集が10数冊あった。どれも読んだことのない話ばかりだった。小学校で習ったことのない、難しい漢字や言葉が混じっていたが、それが読めるのがまた嬉しかった。
台風が去った後も、私は母の本棚の本を読み進めた。
 
民話集・寓話集の隣には、少し大きな本が数十冊並んでいた。小学生の国語の教科書と同じくらいの大きさ。教科書や文庫本とは違って、横長の本だった。表紙には「ひと」と書いてあった。どんな本かはわからなかったが、母が大切にしていて、母が面白いと思っている本のはずだった。
 
「ひと」誌は1973年2月から2000年8月まで刊行していた教育総合誌である。教育実践記録や論考が掲載されていた。結婚する前に幼稚園の教諭をしていた母は、仕事をやめてからも、毎月この雑誌を購入し教育について学び続けていたのだった。
 
小学3年生にとっては少し難しい部分もあったが、この雑誌が幼児教育や学校教育について書かれている本であることはわかった。このような教育に関する本が毎月刊行されていることに驚きつつページをめくった。
前半は教育現場の好事例が紹介されていた。こんな学校だったら楽しそうだなと思いながら読み進めた。
後半では数人の大人たちが、子供の教育について熱く語り合っていた。いかに子供を素晴らしい人間に育てられるだろうか、いかに成長というものが素晴らしいものかについて、激論が交わされていた。
読んでいるうちに、教育に関わる人達の熱い気持ちが伝わってきた。教育というもの、人を育てるというものは、これほどまでに情熱をかける価値のあるものだということを知った。これほどまでに教育に情熱をかけている大人たちがいることを知った。
また、母親もその一人なのだろうということを知ったのだ。
 
雑誌を読み終えて、私は母のもとへ向かった。
「この本、すごいね」
私は「ひと」を手にしながら、母にそう言った。
 
母は、私が自分の本棚に手を伸ばしていたことを知っていた。童話や民話を読むのだろうとは思っていたが、教育雑誌に興味を持つとは思っていなかったそうだ。人を育てるってとても一生懸命になれることなんだねという私の言葉に、嬉しそうに頷いた。
 
その後も、私は母の本棚に並んだ本を度々手に取った。
物語や小説。俳句や詩歌。そして時に、専門書。
小学生、中学生、高校生。私の成長にあわせて、母の本棚は、さまざまなことを私に教えてくれた。
 
母が亡くなって、来月で10年になる。
母の本棚にあった本のいくつかは、今、私の本棚に並んでいる。
母が持っていた本を手に取る度に、母を思い出し、母が大切にしていた価値観を思い出す。
 
他人への感謝。言葉の持つ力。人というものの素晴らしさ・可能性。
これらは母が大切にしていた価値観であるが、今の私にも引き継がれている。
このうちのいくつかは、母から直接教わってはない。母の持つ本から、私が引き継いだものである。
 
今、私の娘たちも、私の本棚から何かを学んでいるようだ。
本棚という私の一部は、彼女たちにどんな世界を広げていくのだろうか。
彼女たちは、私のどんなところを継いでいくのだろうか。
 
子供たちが覗くようになった今、いよいよ本棚が愛おしい。
どの本を残し、引き継いでいくのか、ますます本棚の整理が楽しみだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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