メディアグランプリ

ストリートピアノの効能


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記事:串間ひとみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
2016年6月YouTubeに「神業!フランスで偶然出会った旅行客のピアノ二重奏が美しすぎる」という動画が上がった。フランスの空港か駅だと思われる場所で、一人の男性がストリートピアノを弾いていると、近寄ってきたもう一人の男性も横からピアノを弾きはじめ、言葉を交わすことのないまま連弾が始まるという動画。コメント欄を読んでいくと、最初に弾いている方がスペイン人で、後から来た方はアルジェリア人だとのこと。映画音楽の美しい曲で、だんだんお互いが息を合わせるように盛り上がっていき、その場のお客様は拍手喝采。最後は軽く握手をしてお互いをたたえあい、立ち去っていくという、かっこいい動画だ。現在779万回視聴。私もその動画を何回も見た一人だ。
 
その動画が上がった年の8月、私は小さい頃から憧れていたフランスに来ていた。世界遺産好きな私の1番の目的はモンサンミッシェル。それに天才レオナルドダヴィンチの描いた世界一有名な絵画「モナリザ」や、それを有しているルーブル美術館、ベルサイユ宮殿、エッフェル塔など、それまでに教科書やテレビでしか見たことがなかった本物を前にして、感動しきりの1週間だった。そして旅の終わり、シャルルドゴール空港にて最後のお土産と現金ユーロを使い果たすべく奔走し、後ろ髪をひかれる思いで出発ゲートに来たときのことだった。「A VOUS DE JOUER!(あなたの番です)」と書かれたピアノがその場の風景に溶け込んでいた。最近でこそ日本でもストリートピアノが増えてきたが、その当時はまだ珍しかったように思う。子どもの頃にピアノを習いたかったことに加えて、上記したようなかっこいい動画を見たことで、弾いてみたくてしかたがなかった。しかし私のレパートリーは「ねこふんじゃった」くらいのもの。ホールのようなシャルルドゴール空港内で、どれほどの人の耳にその音が届くのか、知れたものではない。
 
「日本への出発便まで若干時間がある。とりあえず様子を見よう」
 
そう判断し、ピアノの近くで待機していたのだが、甘かった。最初にピアノの前に座ったのは、衣装かのようなアジアンドレスを着た親子連れの娘さんで、弾いた曲は知らないながらも、「素人ではないですよね?!」という素晴らしい演奏だったのだ。
 
「やっぱりこういうところでピアノを弾く人はああいう人なんだ」
 
さっきまで弾いてみようかと思っていた自分のおこがましさが嫌になった。同時にこんな気持ちにもなった。
 
「ここであんな風に弾けたらどんなにいい気分だろう? 次来るときには絶対弾けるようになって来る! 待ってろピアノ!」
 
アラサー女子とは思えぬ青春じみたセリフを胸の内でつぶやきながら、シャルルドゴール空港を後にしたのだった。「2019年夏決行!」を目標にして。たぶん2020年の東京オリンピック前にはと思ったのだろう。
 
そう決めたものの、最初の1歩がなかなか踏み出せなかった。そもそもあそこでかっこよく弾くためには「猫ふんじゃった」に少し毛が生えたレベルではダメなのだ。ピアノ経験のない私が基礎からやって、いつあの大舞台に立てるのか? 悶々とする日々。そんな中あるピアニストのコンサートで今のピアノの先生に出会い、習うことになった。
 
最初のレッスンの日
 
「私弾いてみたい曲があるんです。公式の楽譜は廃版になっていてありません。ネットで見つけた誰かが書きおこしたものだと思われるものしか。最終的にこの曲が弾けるようになりたいんです!」
 
昔テレビアニメの中で聴いて、いつか弾いてみたいと思っていた、とても印象に残っている曲があったのだ。私がピアノを習いたいと思ったきっかけの曲だ。
 
「じゃあその曲やりましょう。大人なんだし好きな曲をした方が楽しいでしょう!」
 
内心無理だと思ったものの、半ば押し切られる形でピアノのレッスンが始まった。楽譜が読めないので、すべてドレミを書きこみ、何度も弾いて暗譜した。同じ曲をひたすら弾き続けていたので、もし聴こえていたら、隣の人はどんなに怖かっただろうと思う。
 
そして私は昨年フランスへ行き、ピアノを弾いてきた。正直私が小さい頃に聴いたレベルにはまだまだ追いついていなかったけれど、それでもちゃんと目標の曲を弾いてきた。素人のピアノなんかと思ったけれど、その場を通りがかった人が足を止め、そして拍手と笑顔をくれた。
 
「素晴らしかったよ!」
 
英語ともフランス語ともつかない言葉でそう言ってくれているような人もいた。そうか、あのかっこいい動画は、ピアノの演奏が素晴らしかっただけではなく、人種とか文化の違いとか関係なく、その場に居合わせた人達がピアノの演奏を通して、同じ空間を楽しんでいることが素敵だと思ったのだ。いろんな国の選手が参加することで平和の象徴となる意義を持つスポーツの祭典オリンピックのように。
 
最近、私の住んでいる地域でもストリートピアノが設置されるところが出てきている。ある商店街で人が歩いていないのをいいことに弾いてみたら、弾き終わる頃にお店から人が出てきて、「きれいな曲ね」と声をかけてくれた。ストリートピアノの効能は世界だけでなく日本でも通用するようになってきたようだ。その証拠に、YouTubeでも「ストリートピアノを弾いてみた」という動画がたくさん上がるようになってきたなと感じる。
 
ストリートピアノは、いくつになっても夢を叶えることができること、そして言葉というツールに頼らなくても世界中の人とつながれるということを教えてくれた。その効き目は抜群だった。コロナ自粛で、簡単に外に行ける状況でなくなったが、おかげでピアノの練習時間が増えた。次はどこで何を弾こうか。そんなことを考えると、ピアノの練習が楽しくなるのだ。
 
 
 
 
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2020-10-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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