沖縄の「てーげー」はいい加減ではない
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記事:一柳亮太(ライティング・ゼミ日曜コース)
声を大にして言いたい。沖縄の「てーげー」とは、よく言われる「いい加減」のことではない。では一体何なのだろう?
14年間沖縄で暮らした中で、イベントを企画して進行する仕事をしたことがある。もちろん本職ではない。本職でないけれど、人口が少ない、すなわち人的リソースが少ない沖縄では、時に畑違いの仕事もする時がある。「そんな状況が既にてーげーでは」という人もいるかもしれない。だが、誰かがやらないと先に進まないのだ。
さてイベント当日、海に囲まれた沖縄では、急に雨が降ることも多い。だが、雨は10分ほど待てばすぐに止む。長くても20分ほどだ。少し待てばまた青空が顔を出す。それが沖縄の気候なのだが、では開始時刻に雨が降った場合、イベントの進行はどうするのだろう。実はこの時、正しいのは「少し待つ」こと。雨が止めば、雨宿りをしていた人たちや、急な雨で渋滞した道を通り抜けて、参加者たちがやってくる。
イベントも無事終わった。食堂でご飯でも食べて帰ろう。意外にも、食券を買う方式の店が多い。オーダーミスも少なく、会計で時間を取られることもない。少ない人員で切り盛りできるからだろう。では、食券をどうするのか。テーブルに置いて待っていると、あとから来たお客さんが券を直接手渡し、「セルフサービスです」と書かれた水をコップに汲んでいる。「なるほど」と、席を立とうとすると、店員さんが食券を取りに来て、水を置いてゆく。
ご飯を食べて帰ろう。バスを待つ時も、東京の電車のように、ほとんど行列していない。特に昼間は暑いので、みな日陰に入って日差しから避けている。だが、ここには目に見えない行列が存在する。来た順ではない。年配の足腰が悪い人から乗り込むのだ。私も中年になったので、たまに先に来て待っている若い人に乗る順番を譲られてしまい、恐縮する。もっとも、乗り慣れない子どもや学生が先に乗り込んでしまう場合もあるが、車内で席を譲る場面も多い。
開始時刻が遅れるのも、食堂のルールが明確でないのも、順番を並んで待たないのも、何も知らないと、全てがいい加減に見えるだろう。「ああ、沖縄の人はてーげーだといいますが、本当ですね」と。
内地(沖縄の人は、県外をこう呼ぶ)の都会から来た私は、最初の頃このあたりの感覚が分からなかった。社会全体が、まるでスポーツでいう暗黙のルールに支配されているかのように見えた。だがしばらく沖縄に暮らすと、暗黙のルールの意味するところが見えてきた。
つまりは、相手の動きをよく見て、思いやればいいのだ。ちょっと遅れてくる人の気持ちになれば、イベントの始まりは待つし、食堂の店員さんも忙しい時ならともかく、手が空いているなら不慣れな客に多少サービスしてくれる。バス停に来た時間が先か後かではなく、ハンディキャップがあるならその人を先にする(時間軸で見るなら、その場で先なのかというよりも、先に生きてきた人生の先輩を大事する、という考え方も多分にある)。
そしてイベントなら、一番の悪手は、時刻通りに始めてしまうこと。誰もいない会場で始まるイベントは、ステージ上の出演者は話しにくく、五月雨式に参加者が来て進めにくい。結局のところ、「てーげー」の先にあるものは、思いやりであったり尊敬であったり、あるいは柔軟さであったり、かっちりと決めないことのメリットが集まって毛糸玉のようなものなのだ。その「決めない」沖縄の社会文化を示す言葉が「てーげー」なのだと思う。
もちろん、良い面だけではない。明文化されていないルールは、相手によって対応が変わってしまう、という属人化された部分も多い。何事も、フリーライダーという制度や仕組みを悪用する人がいるように、「てーげー」も悪用する人がいる。いつもちょっと遅れる遅刻癖のある人、借りたものを返さない人、約束を破る人、先輩への尊敬を悪用する人など。デメリットであり、時に詐欺やいじめなど社会の大きな問題にもなり得る。
しかし、沖縄を離れ、真逆とも言える「決めすぎる社会」である首都圏で生きていると、決めるがゆえに逆に身動きが取れなくなっていると感じる場面がある。決まりゆえに柔軟さがなく、目の前にある問題を解決できない。時には困っている人を見殺しにする場合すらある。
最後に、最近沖縄で見た興味深い場面を紹介したい。沖縄で一番の大都市、那覇を走るモノレールに乗った際、駅でお客さんがきっちりと並んでいるのだ。これには結構びっくりした。そして電車が到着すると、「車椅子の方が降りられます」というアナウンスに、列を動かず車椅子を待っていたり、あるいは列を崩して通り道を確保している。その様子をみて、「きっちりの中にやっぱりてーげーがある」と私は少し安堵したのだった。
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