鬼火焚きで邪気払い
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:石川まみ(ライティングゼミ日曜コース)
屋久島の中でも私の住む集落は行事が多く、その数は年間10を超える。1月は特に、伝統行事が目白押しだ。
東京から移住して来た私には、どの行事も見るもの聞くもの初めてで、大いなるカルチャーショックだ。楽しみでもあり、時には理解に苦しんだり、体力の限界だったり、面倒だったり。でも行事にかかわることでしか分からない、見えてこない、人とのつながりや、ここでの暮らしが有った。
遠くで犬の鳴き声がした。
「そろそろ来るんじゃない?」私は窓を開けて暗闇を見た。
夫も耳をすまして「遅いな、忘れられたんじゃないか」と言った
屋久島に移住して初めて迎えた新年の1月7日、私たちは入浴も夕食も終え、今か今かとソワソワしながら待っているものが有った。
午後9時を回ったころ窓越しのウッドデッキで寝ていた我が家の犬2匹が、すくっと立ち上がり耳をぴんと立てて注意深くあたりをうかがい、けたたましく吠えなじめた。
その直後、5~6人の男たちが懐中電灯片手に現れた。
玄関の扉を開けると、朗々とした大声が響き渡った。
「祝い申そーう」
青年団が中心となって福の神の使いとなって集落の家々を訪ね玄関先で、お祝いの歌を歌い、福の神を招く風習があるのだ。
甚句のような歌は続く
「祝い申そう。いつもより今年は、木戸の松が栄えた。栄えた通りは、そらそらや、ごらほんのほん~~」
この年は初めてなので歌詞は一向に聞き取れなかったが、祝いの歌だということはしっかり心に響いてジーンときた。こんな風習が残っていることを幸せに思った。
祝い申そうは、ご祝儀と焼酎をふるまうのが習わしと聞き、私は気前よく大き目なグラスに焼酎のお湯割りをなみなみと作った。
「こ、濃い」「あ、熱い!」と言いながらも全員、飲み干してくれたのだが、その後の足取りは、ふらふらだった。
考えてみれば今日1月7日は、一日で三つも行事が有る。それを朝早くからこなし、沢山の家を回り、お酒をふるまわれているのだ。
「失敗したな、来年からは小さ目な、ぐい飲みでも用意して薄めのお湯割りにしよう」と夫は言ったが、翌年からは自分も福の神として集落を回ることになろうとはこの時は、まだ知る由もない。
この日の朝は、まだ暗いうちから町内放送が何回も響きわった。
「鬼火焚きの準備作業をしますので、8:00に公民館広場に集まってください」
やぐらを組んだり、けっこうな力仕事なので男衆が駆り出される。
「五十肩だし、力仕事はあまり戦力になれないんだけどな」そう言いながらも夫は、なれない準備作業に向かった。
行事は集落ごとに行われる。私の住む集落は総勢200人足らずの少ない人数で高齢者も多いから力作業にかかわれる人は限られてきて大変だ。
鬼火焚きとは、鬼の旗を掲げたやぐらを組んで正月飾りなどと一緒に焼いて、悪霊(鬼)を追い払い、無病息災を願う行事だ。
悪霊、邪気を払ってから「祝い申そう」で福を呼び寄せるという流れだ。
もう一つ同時進行の行事も有った。
こどもの健やかな成長を祝う「七草祝い」
屋久島では七五三はせずに「七草祝い」をする。数え年で七つになった子どもが七五三のような盛装をして七軒の家を回り「七草がゆや七種の具の入ったまぜご飯」をもらう。
毎年1月25日に集落の神社の例大祭がある。
神事や、伝統の踊りの奉納がしめやかに行われた後、午後からは大演芸大会が行われる。
いくつかに分かれている班ごとや、子供会、婦人会などの単位で出し物を披露する。飛び入り参加の日本舞踏などもあって、盛り上がると、おひねりも飛び出す。
もちろん私も傍観者ではいられない。毎年、出し物を考え練習を重ねこの日を迎えるのだ。
初めて参加した時、私は不思議に思って夫に言った。
「今日は平日だよね、子供たちもみんな来てるけど学校はどうしたんだろう?」
「そうだよね。あっ、高校の校長先生も挨拶に来てる」
舞台を見れば管轄の警察の駐在さんも制服を着たままご家族と一緒に出し物を披露している。平和だ! 事件は無いのか!
なんと、この行事に参加する学生や公務員は公休扱いだそうだ。公務員で無くてもほとんどの人が仕事を休んで参加する。それだけ行事は大切な位置づけなのだ。
今年はコロナの影響で年始の行事もほとんど中止や縮小となり、皆で集まる行事は唯一「鬼火焚き」だけを行うことになった。
1月7日は、あいにくの荒れた天気になって船や飛行機が軒並み欠航となった。
夫は、朝の準備作業を終えて帰ってくるなり手をこすり合わせながら「寒―い、こんな天気じゃ準備してもやらないよな」と言った。
雨が降って、晴れて、アラレが降って、虹がでた。
「鬼火焚きを開催しますので午後5時になりましたら公民館広場にお集まりください」
やった、開催のアナウンスだ。
竹を中心に周りに「バチバチの木」と言われるウバメカシを束ねた高さ10メートルほどのやぐらの先端には子供たちの書いた鬼の絵がくくりつけられている。
そこに集まった人たちが正月飾りや、しめ縄などを置いて一緒に燃やすのだ。
「年男、年女、七草祝いの子、厄年の人お集まりくださーい」と声がかかった。この人たちが火入れをする役割だ。
私は前へ出て火入れの松明を受け取った。今年は年女で、しかも還暦で節目の年回りだ。
火入れを行うとすぐに、やぐらが勢いよく燃え始めた。
まさに悪霊や邪気を追い払うように竹やバチバチの木がバチバチ、バチバチと爆竹のような音をたてた。強い風に火の粉が舞う。
昨年も色々なことが有った。宿を営んでいるのでコロナの影響も大きかった。
どうか禍を追い払ってくださいと、願いを込めて炎を見つめてみた。
先端の鬼が燃え尽きる頃には、私の心も軽くなった。
伝統行事は、必要に迫られるから引き継がれるのだ。ふと、そう思った。
そして引き継いで行くには強い結束力が必要だ。
歴史ある行事だから残さなくてはいけないという義務感だけで引き継がれないような気がする。
行事は、人々の楽しみであり、願いであり、希望であり、祈りだ。その土地の、そこの気候の、そこの人々の営みに沿った行事が有って、それが必要だから少しずつ形を変えても引き継がれる。
そう思ったら今年からはもっと積極的行事を楽しめそうな気がしてきた。
***
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