メディアグランプリ

漢方薬は信じる心


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:澤村 貴子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「それは誰が言っているの?」
「なぜそう言えるの?」
「だから、その証拠はあるの?」
 
少し声を大きくして、ひとしきり追い詰めてしまって、「すみません」と謝る小さな声を聞いてから、随分、嫌なお局様になってしまったなと反省する。また皺が深くなった気がする。
 
仕事をして数年経つと、同僚や後輩の誰かが言ったことや報告を受けて判断することが多くなった。トラブルが起こった時は、必ず自分の目と耳で客観的事実を確認するようになった。経験からそうなったのか、責任感か、いやいや元々の性格なのかはわからないが、特に慎重に対応しなければいけない時、慌てている時こそ、客観的事実を重視した。結果には必ず理由があるし、問題が起きるときには必ず原因がある。それは私の揺るぎない信念だ。
 
30歳を目前に、私は病名がつかない身体の不調に襲われていた。大学病院にも通院していたが、炎症止めをもらっているだけで、治療ではなかった。命を脅かす病気の可能性は低いという診断は幸運だったのかもしれないが、この苦痛だらけの身体を抱えて生きる人生を想像し、気持ちは完全に脱落していた。できるだけ短命でありたいとさえ思っていた。もしくは早く歳を取りたいとも思っていた。
 
大学病院では、色々な科に本当にお世話になったが、その一つの婦人科の先生に、澤村さんのような人は、局部だけを診る西洋医学より、身体全体を診る東洋医学がいいのでは、と漢方専門の医院を紹介してもらった。
 
初めて行ったその古い木造建築の一階にあるその医院は、入るなり、というか入る前から漢方薬独特の苦い匂いがしていた。大きな黒いソファに数人のお客さんが待っていた。結構なボリュームでギャン泣きの赤ちゃんをあやしている女性が、受付で薬について説明を聞いていた。ミルクを飲む赤ちゃんは、漢方薬を飲ませられないから、お母さんが漢方薬を飲み、母乳で摂取させるようだった。ずっと泣いていた赤ちゃんはアトピーで身体が痒くて、泣いていたのだ。掻きむしらないようにだろう、とてもとても小さな手には、手袋をはめていた。
痒くて仕方がない赤ちゃんの泣き声が、かわいそうで涙が出そうになった。でも抱っこ紐をあやしているその女性は泣いてなんていなかった。私が泣いてはいけないと思った。
 
しばらくして、私の名前が呼ばれた。
症状を説明した後、先生に舌を見せるように言われ、思い切り舌を出した。
先生は、カルテに舌の絵を筆ペンで書いていた。その後、左手首で脈をとった。
 
漢方の先生に言わせると、私はとにかく身体の巡りを良くしなければいけないとのことだった。特に、私の身体は水を溜め込む体質らしい。確かにトイレの回数は、昔から少なかったし、喉の渇きも周りより感じることは少なく、食事の時のわずかな水分以外、ほとんど取ることがなかった。それが逆に水分を溜め込む体質になっていたのかもしれない。とにかく、まずはたくさんトイレに行くように、水分を出す習慣をつけるように言われた。
 
そして、もちろん血流も良くして、体温を上げなければいけないとのことだった。昔から冷え性ではあったが、この頃は、手足がいつも氷のように冷たくて驚かれていた。色白ですねとも、良く言われていた。頭のてっぺんからつま先までが冷たくて、カチコチになっていた。
 
一通りの診察が終わった後、私は今までいろんな検査をしてきたことや、疑われている病名をあげ、それらの病気は難病で治療薬がないと言われているということも話した。自虐も込めて「私、治りますかねえ」と聞いてみた。そしたら、先生は当たり前のように言ったのである。
「治りますよ」
 
その日から、私は漢方の先生に言われた通りの生活をした。毎日、袋に入った強烈に苦い煎じ薬を沸かして飲み、煎じ終わった薬も湯船に入れて入浴剤にした。とにかく身体を温めなさいと言われ、真夏でもハイソックスとレッグウオーマーに腹巻をし、長袖を着た。肘は外を歩く時以外は、出さなかった。冷たい飲み物をやめ、必ず常温、特に白湯をよく飲むようにした。あと、痛いだろうが、なるべく動くように言われ、ヨガを勧められた。膝が痛くて手をつくことも正座もできなかったが、白髪のお年寄りに混じって、お寺のヨガに通い始めた。鍼灸も始めた。
 
漢方の先生との付き合いは、それから10年以上に渡った。少しずつ、ほんの少しずつ、私の体温は上がり、日本人らしい肌の色になった。身体の硬さは残っているものの、誰にも色白ですねと言われなくなっていった。
 
治りますよ、というその言葉を聞いた時、診察室で私は涙が出た。帰り道もずっと涙が止まらなかった。そうだ、私がずっとずっと一番聞きたかった言葉だったと、言われて気づいた。このどうしようもない自分自身に、誰もが途方に暮れる、すっきりしない表情をする、同情をされる、そんな周りの反応にずっと傷つき、苛立っていたのだ。漢方の先生は専門知識があるから、もちろん根拠があって、そう言ってくれたのだと思うが、その時の私には、何の根拠も、数値も、説明もいらなかった。ただ、誰かにそう言って欲しかったのだった。そう言ってくれる人に出会えただけで、私の身体の氷は溶け始めていたのだった。
 
人生すべて、今まで選択してきた結果だと思う。判断したのも自分自身だ。結果には全て理由がある。その信念は今も変わらない。
でも、根拠なんかなくても、人の心は動くこともある。
その言葉は、どんな根拠より強いのだ。
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
 

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2021-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事