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節分の戦略は周到だったはずなのに


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:馬場 さかゑ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「おかあさ〜ん、袋できてる?」
 
玄関を開けるなり、私は、叫んだ。
 
「できてるよ」
 
「あ〜よかった」
 
何しろ今日は節分。
 
手ぬぐいを半分に折って脇を縫い付け、口に紐を通した袋は必需品。
 
私の生まれ育った、静岡県浜松市では、節分になるとそれぞれの家庭で豆まきをする。
 
これだけ聞けば、「日本中、みんな一緒」と思うだろう。
 
浜松の豆まきは、大豆だけではなく、お菓子やちいさなみかんや家によってはおひねりに入ったお金も撒く。
 
それを、家々に寄っては、拾い集めていく。
 
子供たちにとっては、一大イベントなのだ。
 
なにしろ冬の間のおやつはその1日で決まると言ってもいい。
 
学校の話題は、どこの神社や家で、何時から豆まきがはじまるかの情報共有でもちきりだ。
 
「鴨江観音は7時から」
 
「じゃ、通了様と重なっちゃうね。やっぱり、道了様かな」
 
「たかしくんちは、5時からにしてくれない。うちは、5時20分にしてもらうから」
 
小学生の足では、隣町までは行けない。
 
いつも路上で遊んでいる近所の仲間の中で、時間の配分をする。
 
今考えても、人生で最も重要なスケジューリングのひとつだった。
 
しかも、ワクワクするスケジューリング。
 
あっちも行きたい、こっちも行きたいけどギリギリ間に合うのはこれというのを帰り道に決定すると、集合時間と場所を決めて別れる。
 
その戦利品を入れる袋は、手ぬぐいの二つ折りとなぜか決まっていた。
 
スーパー袋などなかった時代である。
 
母が、三姉妹に一つずつ作ってくれた袋をもらって、準備万端。
 
口紐をぎゅーと引っ張って、肩にかけて出発する。
 
毎年、夢見るのは、袋の口が閉まらないほど戦利品を獲得することだ。
 
2月の夜は早い。
 
なのに、その日だけは、なかなか日が暮れない。
 
10分も早く、待ち合わせ場所に行くと、みんなもとっくに来ている。
 
霜や薄氷を踏みながら登校するくらいだから、とても寒かったはずなのに、誰一人寒さを口にするものはいない。
 
最初の家に行くと、おばさんが
 
「あがんな〜」
 
その家で一番広い畳の部屋に通される。
 
低学年の子供は前、高学年の子供は後ろに座って、その時を待つ。
 
その家のおじさんとおばさんが、お菓子でいっぱいのみかん箱を前に置く。
 
「はじめるよ〜」
 
誰も返事をしない。
 
必死な時に人は声など出さないのだ。
 
「おには〜そと、ふくは〜うち」
 
掛け声と共に撒かれた食べ物をかき集めて袋に入れる。
 
みかん、落花生、硬いビスケット、おせんべい、今思うと小袋にも入れずにそのまま撒かれていて不衛生極まりない。
 
そんなことは、かまったことじゃなかった。
 
「みっちゃんちは、5円玉も投げてくれたね」
 
「え〜、拾えなかった」
 
戦果を話し合いながら移動し、袋をいっぱいにしていく。
 
取れ高の少ない子供に多い子供が分けるなんていうことはない。
 
たくさん拾った人がたくさんもらえる。
 
あたりまえのことだった。
 
おじさん、おばさんは、それも見越して、小さい子には、膝の前にわざわざ落としてくれたりもする。
 
一旦、家に帰って袋を空にすると、さあ、本日のメインイベント道了様の豆まきだ。
 
6年生の姉と幼稚園の妹と3人で、ウキウキしながら夜道を歩く。
 
去年は、いちいち袋に入れていてあんまり拾えなかったから、今年は一旦膝の中にかき集めて終わってからゆっくり袋に入れよう。
 
作戦もばっちり。
 
道了様では、大きな本堂に大人もいっぱい集まっている。
 
なにしろその地域では最大の豆まき。
 
開始時間は7時なのに、6時半には、ほぼいっぱい。
 
いい席を取ろうと早く集まるのだ。
 
小さい子供は、前の方に座らせてくれる。
 
すでに、お菓子やみかんでいっぱいになった大箱がいくつも並べられている。
 
はやく、はやく。
 
ようやっと時間になった。
 
裃の男たちがぞろぞろと出てくる。
 
「おには〜そと、ふくは〜うち」
「おには〜そと、ふくは〜うち」
 
大人たちも
 
「こっち、こっち」
「こっちに投げて」
 
と大声で請求しながら、5分間の必死の時間。
 
私も必死。
 
腰を浮かせて、目の前に落ちてくるお菓子やみかんをせっせとかき集める。
 
「これでおしま〜い」
 
あっという間に豆まきの時間は終了した。
 
今年は、去年よりずっとたくさん拾えた。
 
さあ、袋に詰めようか。
 
腰の下を見ると、あれだけ集めたはずのお菓子が、ほとんどない。
 
え〜〜〜〜
 
きょろきょろしていると、斜め後ろのおばさんが、私の後ろの中学生を指して
 
「この子が、下から抜いてたよ」
 
という。
 
私が浮かせた腰の間から、後ろの中学生が、掻き出していたのだ。
 
「私のお菓子返してよ」
 
涙目になりながら私は訴えた。
 
おばさんも
 
「返してやりなよ」
 
と応援してくれたが、中学生は、大袋を抱えそそくさと帰ってしまった。
 
泣き止まない私に、姉と妹が、途方にくれてしぶしぶ戦利品をくれた。
 
みかん一個ずつ……。
 
「けち〜」
 
幼稚園の妹より少ない袋を抱えながら、泣きながら帰る2月の道は、暗く寒かった。
 
今はもう、浜松でも家々を訪れるような行事ではなくなった。
でも、あんなひとつひとつの必死の出来事で人生を学んだのだとしみじみ思う。
 
 
 
 
***

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2021-02-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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