書を捨てよう、今は町に出られなくても
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:こやまともこ(ライティング・ゼミ スピード通信クラス)
「うっ、上から三段目、右から二つ目の、ピ、ピンク色のセーターを……」
たどたどしい私の言葉は、店員に通じない。
なんなら顔を見てもくれない。
「別にあなたに買ってもらわなくても、結構」
店員は、心底めんどくさそうな視線と態度で、そう語っていた。
今からさかのぼること、36年前。
1985年の夏、中国・天津。夏休みを利用した4週間の短期語学研修が終わる頃。
お土産を買うために来た外国人向けの百貨店で、私は店員に話しかけていた。
下手くそな中国語で。
当時、中国の商店のシステムでは、商品を自由に手に取って見ることができない。
商品を見たいときは、カウンターの向こう側にいる店員にいって、棚から出してもらう。
店員に意思が通じなければ、商品を手にすることも買うこともできないのだ。
いかにも自信なさげで、たどたどしい口調の私に、店員はこれ見よがしにいらいらした態度を見せていた。彼女の強気な態度に、私はどんどん自信を失い、声はますます小さくなっていく。
「もう、買うのはあきらめようかな」
そう考えた時。
がやがやと大きな声で話しながら、中年の女性たちがやって来た。
大阪からの団体客だ。
「ちょっとお姉ちゃん!」
大阪のおばちゃんは、店員に話しかけた。
日本語である。
「その棚、そうそう。その棚の一番上の赤いヤツ! そうそう、それ見せて!」
身振り手振りとともに、早口でまくしたてる。
店員は、勢いに押されたように「その棚の一番上の赤いヤツ」を手にとり、おばちゃんに差し出した。
「ありがとう!」
おばちゃんは笑顔で礼を言うと、わーわー言いながら仲間たちと品定めをしている。
「お姉ちゃん、そっちのやつも見せて!」
別のおばちゃんが指をさして言った。もちろん日本語で。
店員は「そっちのやつ」を取り出した。
え。
日本語通じるの?
横であっけに取られる私。
その店員に「日本語」が通じたのか。
イヤ、そうではない。
私は、大学で第2外国語として中国語を選択。
短期語学研修に参加し、2年生の夏休みを天津で過ごした。
中国人の先生による中国語オンリーの授業は、月曜から金曜まで週5日。
それほど毎日中国語を浴びていれば、相当中国語が堪能になる……、というのは、全くの幻想である。現に私は、4週間近く現地で学んだにもかかわらず、セーター1枚出してもらうのに苦労している。
ところが、大阪のおばちゃんたち。
「日本語オンリー」で、自分の目当てのものをあっという間に棚から出させ、あろうことか店員の笑顔までも引き出した。
ちょっ、外国語がんばる意味って⁉
私に語学力が足りなかったのは、間違いない。
けれど、私が欲しいものを手にできなかった理由は、そこにはない。それは、大阪のおばちゃんたちが「日本語だけ」で、目的を「やすやすと」達成したことで、あきらかだ。
私に足りなかったものは、何だろうか?
大阪のおばちゃんは、日本語に加えて、身振り手振りで自分の意思を伝えようとした。
店員は、態度(商品を渡すという行動)で応えた。
限定的ではあるが、この場において、両者のコミュニケーションは完全に成立した。
さすが大阪のおばちゃん、コミュ力(コミュニケーション能力)が高い!
あ、そうか!
私に足りなかったのは、「自分の意思をなんとか相手に伝えよう」とする強い気持ち。
つまり、コミュニケーション能力。
大阪で生まれ育った私にも、大阪のおばちゃんの「コミュ力高い系DNA」は受け継がれているはず。
しばし封印していた「大阪のおばちゃんDNA」を解放することにしよう。外国語を話すとき、発音や文法に自信がなくたって、知っている言葉でがんがん話すのだ!
そのおかげだろうか。
「教科書的な知識」はおいといて(おいとくんかい)、私の外国語でのコミュニケーション能力は、相当に飛躍した。
どれぐらい飛躍したかというと、大学卒業後7年間、中国語とは一切関係のない仕事に就いた私。退職してなんやかんやあって、40歳の時には中国語の通訳の仕事に就いていた。
通訳者としてオフィシャルな中国語を話すために必要な、「教科書的な知識」の補充には相当苦労した。努力も必要だったが、コミュニケーションに関してはばっちりだった。
現場に出たことで、素敵な出会いもたくさんあった。本当に楽しかった。
しばらくして、学生時代からずっと興味を持っていた、韓国語を始めることにした。
外国語相互学習サイトで、中国語を学ぶ韓国人の女性と知り合い、仲良くなった。
チャットアプリで連絡を取っていたが、私がソウルへ行ったときに会うことに。
いやー、もう、大変だった。
だって、リアルではほとんど会話が成立しないのだ。
下手くそすぎて(またか)。
でも、今回は一生懸命伝えようとしたし、わかろうとした。
私は韓国語で、彼女は“中国語”で、という変形の対話。
もっと韓国語がんばろう! と思った。
「オンニ(女性が年長の女性に使う呼称)のように、“中国語”話せるように、がんばりますね!」
と、彼女は言った。
キラキラした目で。
イヤ、“日本語”を勉強してくれた方が、私はうれしいんだけどな。
何度目かのソウル。私たちは、カフェにいた。ちょっと真面目な空気。
私は、彼女の恋バナ……というか、婚約者との意見が合わず、結婚式の準備が思うように進まない、という悩みを聴いていた。
「ま、結婚は現実だからね」という私の言葉に、彼女ははっとした。
「オンニ、いつの間にか韓国語、上手になりましたね!」韓国語でいった。
彼女はいつの間にか、中国語ではなく、母国語(韓国語)で話していたのだ。
「中国語で話さないと!」と彼女。
「いや、私、日本人だから」と私。
私たちは、おかしくて大笑いした。
外国語を学ぶ、ということはその国の文化を知り、人を知る、ということだ。
教科書にかじりついているだけでは、人には出会えない。
町へ出て、人に会うからこそ、自国とは違う文化を感じることができる。
だから、外国語を学ぶなら、できればその国に赴き、現地の人たちと交流するとよい。
とはいえ、今のこの状況では、気軽に外国へ行くことはできないし、国内であっても町に出て交流することは容易ではない。
それなら、テレビや映画などのセリフを一緒に口にしたりするのでもよい。
SNSなどで、外国の人と、外国語を使って交流するのもよいと思う。
いつの日か再び、国をまたいだ往来が自由にできる世の中になったら、また外国に行くのだ。
そして、町に出よう。下手くそな発音や、めちゃくちゃな文法など気にせず、いろいろな人と多いに語り合い、思う存分交流しよう。
彼女にも会いに行こう。「会えなかった時」をどんな思いで、どんな風に過ごしたのか、お互いに話をしようと思う。そして、「会えること」の喜びを共に分かち合うのだ。
***
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