歴史の知りすぎにはご用心
*この記事は、「リーディング・ライティング講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:佐藤謙介(リーディング・ライティング講座)
「大人の肝だめし」
3年ほど前に複数人の友達を誘って企画を立てた。
私が趣味としているトレイルランニングという山を走る競技の仲間に夜間走る練習として鎌倉の心霊スポットを巡ってみないかと持ち掛けたのだ。
鎌倉と言えば「良い国(1192)つくろう鎌倉幕府」で有名な源頼朝が政権を打ち立てた場所で、街の至る所に歴史的な建物が並んでいる。
昼間に観光に訪れる人たちは恐らくあまり気付いていないと思うが、実は恐ろしい名前が付いた場所がいくつかあるのだ。
その中でもトップクラスなのが「北条高時 腹切りやぐら」だろう。
そこは鎌倉駅から歩いて20分ほどの祇園山という山の麓に木の看板が立てかけてあるだけの場所なのだが、そこには「腹切りやぐら 霊処浄域につき参拝以外立入り禁止」と書かれている。
「霊処浄域って何?」と初めて行ったときには、ただただその書き方が怖くて、背中がゾクっとしたことを覚えている。
実際こういった場所を数か所繋いで10kmほどを走ったのだが、蒸し暑い真夏の夜がいつもよりもひんやりと感じ、皆一様にスリルを味わうことができた。
歴史を学ぶ面白さの一つは、その場所にまつわる「情報」を知ることではないかと思う。
鎌倉という歴史的文化が残る街に住みながらも、実際に歴史を知らなければお寺も石碑も日常の中に溶け込んでしまい、そこから何かを感じることはほぼない。
そして歴史を面白く伝えることにおいて「司馬遼太郎」以上の人を私は知らない。
私が一番初めに「司馬作品」を読んだのは、大学生の時だった。
当時アルバイトで夜間のビル警備の仕事をしていた。ビル警備と言っても夜間なので、ビル内の全員の退出を確認してしまえば、あとは朝まで比較的自由な時間があったので、私は読書や大学の勉強に時間を充てていた。
そこに歴史好きの年配の警備員さんがいて、私に「花神(かしん)」という小説が面白いから読んでみたらと進めてくれたのが「司馬作品」を読むきっかけとなった。
そして読み始めてすぐに私は「司馬作品」の虜になってしまった。
面白すぎて本を読む手が止まらないという感覚を味わったのはこれが始めてだった。
坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通、桂小五郎、高杉晋作、大村益次郎と言った幕末の志士たちの生きざまが生き生きと描かれ、文章を読んでいるだけで心は幕末にタイムスリップした。また歴史舞台の背景にある庶民の生活まで「よくこれほどの描写で書けるな」と何度もため息が出た。
それから司馬作品を何冊も読むようになり、やがてこの作品群の背景におびただしい数の読書と取材があることを知った。そしてその取材した内容をまとめたのが「街道をゆく」という紀行文なのだ。
大学生の私は読んでみたいという気持ちはあったが、それより実際の作品を読むことに夢中で結局「街道をゆく」に手を付けることは無かった。
しかし、それから20年近くたち、自分が鎌倉という街に住むようになり、この街のことを知りたいと考えたときに、ふと思い出し手に取ったのが「街道をゆく 三浦半島記」だった。
これは鎌倉から三浦半島全域について、実際に司馬遼太郎が歩き、そして地元の人との会話から、鎌倉時代や日露戦争について思いをつづっているのだが、これがまた非常に面白いのだ。
「街道をゆく」はまさに「タイムマシン」であった。
鎌倉時代の末期に、この地は鎌倉幕府軍と、新田義貞率いる討幕軍が激しい戦いを繰り広げた。そして4日間にわたって壮絶な戦闘が繰り返され、数千人に及ぶ戦死者が出た。そして戦死者たちは、その場にただ穴を掘って埋葬されることになった。そして鎌倉の街が今のように綺麗に舗装されるほんの数十年前までは、雨が降ると人骨がそこら中から湧いてきたのだというのだ。
それが今では多くの人が行きかう若宮大路という鎌倉駅から由比ガ浜に続くおよそ1.2kmの道なのだ。そこの道の途中には鎌倉女学院があるのだが、その校庭にはおびただしい数の人骨が粉々になって散らばっているらしい。しかし人骨も800年近くたてば、ただの砂礫のようにしか見えないから気が付かないだけだというのだ。
毎日鎌倉女学院に通っている女子学生たちが知ったらどう思うのだろうか。
また由比ガ浜もほんの数年前までは、浜を歩けば人骨がいくつも見つかったらしい。今では夏になれば海の家が立ち並び、多くの観光客で賑わっている。海に入ってキャッキャと楽しそうにしているが、その砂浜にはおそらくまだ沢山の人骨が眠っているだろう。
そして、祇園山の麓にある「北条高時 腹切りやぐら」だが、実はこの場所の少し手前に「東照寺跡」という立札だけが残された場所がある。実はここに鎌倉幕府軍が最後終結し、850名以上の武士たちが自害したのだ。
「街道をゆく 三浦半島記」を読むまでは何の気兼ねなしに歩いていた場所が、実は凄まじい戦闘の跡地という事を知って、私は読んでいて背筋が寒くなるのを感じた。
ちなみにこの本を読んでから私は「北条高時 腹切りやぐら」に近づいたことがない。
もしかしたら人には知らないほうが良かったことがあるのかもしれないと、いまこの本を手に取ってしみじみと思うのである。
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